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□群青の猫(裏)
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冬の季節も深みを増していく12月の初め頃、入江正一は自家用ジェットで早朝から日本を発った。海外に置かれた、ミルフィオーレ本部へと向かう為である。
研究の成果を直接報告する為、と言うのもあるがむしろ正一の目的は、本部にいる白蘭の様子を窺いに行く為、という事の方が大きかった。
仕事こそ、以前と変わらずそつなくこなすものの、最近会議に出る回数がめっきりと減った白蘭を、正一は不思議に思っていたのだ。
付き人である女達にそのことを相談して見ても、何故か彼女達は意味ありげにくすくすと笑うだけだった。
気になって問いただしてみるものの、女達は妙に俗っぽい笑みを浮かべたまま「きっとあの方は、最近飼い始めた、毛並みの良い猫を可愛がるのに夢中なんですわ」と更に意味深なことを言うだけで、他に何も言わない。
その態度が正一の不審、と言うよりは好奇心を煽ったのである。


時差のせいで本部に到着したのは夜だったが、いずれにしても会議は明日だ。正一は先に白蘭に連絡しておいた通り、報告と挨拶を兼ねて彼の部屋に赴いた。
実宅とはまた別に、本部に置かれた白蘭の自室は最上階のフロアにあった。というより彼はワンフロアを一人で独占している。
ガス水道が全て完備された部屋を、壁をぶち抜いて一人で余るほど使用すると言うのは、決して経済的とは言えなかったがそれを白蘭に面と向かって言える人間など勿論いるわけがない。
重力に逆らい、エレベーターであっという間に最上階に辿り着くと、正一はインターホンを押して自分の来訪を知らせた。監視カメラの映像で誰が来たのかわかったのだろう、部屋のロックはすぐに解除され、指紋照合や暗証番号入力など面倒な手段は一切すっ飛ばして、正一は室内に招かれた。
それだけでも、正一に対する白蘭の信頼がわかると言うものだろう。
数多くある部屋の一つだと言うのに、個人の使う部屋としては広すぎる空間に通された彼を、白蘭は人懐っこい笑みを浮かべて迎えた。

「やあ、正チャン、久しぶり♪わざわざよく来てくれたね」

「どっか適当に座ってよ」、とどこまでも明るい調子で言う彼は正一のよく知る白蘭と、特に何ら変わる所はなかった。
強いて言うなら、普段から服装に気を使う彼の襟元が、今日はわずかに乱れている、ということぐらいか。
応接間のソファに腰をおろしながら、さりげなく白蘭を窺っていると、その視線に気付いたのか白蘭は「?どーかしたの?」と不思議そうに問い返した。

「あ、いや、最近会議の席に白蘭サンの姿があまり見られなかったので、少し心配してたんですけど...元気そうで安心しました」

正一は慌てて取り繕う様な言葉を返す。白蘭はそれで一応納得したのか「ふーん」とどうでもよさそうに頷くと

「ああ、そういえば最近出てなかったっけ。でも、別に僕がいなくても特に問題なさそうだったし、その辺は正チャンに任せるからさ」

「頼りにしてるよー」とどこかはぐらかす様に言いながら、正一に向き合うようにして、自身もソファに腰掛けた。
正一はそれに応じながらも、あくまでも態度の変わらない白蘭に対して、なんだか拍子抜けした様な、複雑な心境を抱いていた。
しばらく現状について意味のない世間話を交わしたが、正一は長居は無用とばかりに早速、テーブルを挟んだ正面に座る白蘭に、仕事の話を切り出した。

「それで、例の研究成果なんですけど、現在状況と一緒に資料に纏めておいたので、目を通しておいて下さい。なるべく早いうちに意見を頂ければ良いんですけど...」

言いながら正一は持参していた、資料の入った封筒を白蘭に手渡す。白蘭は「あー、はいはい」とぞんざいに返事をし、それを受け取ろうと手を伸ばした。
正一は封筒を受け渡しながらも、伸ばされた手にふと目を止める。

「あれ、白蘭さん、その手どうしたんですか」
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