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□憂いの夜
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部下の体を借りた六道骸を車に乗せ、雲雀は宿泊先のモーテルへと向かった。
本部への報告は部下の草壁にまかせた。今後についての話し合いと、互いの情報交換をするためだ、そう言えば部下は簡単に納得した。
隠密行動のため、滞在しているモーテルはこじんまりとしていたが、それでも一室にはクイーンサイズのベッドと、二人掛けのソファ、小さなテーブルが纏めて置かれ、そこまでお粗末な空間でもない。むしろ広すぎない分、普段から宿泊しているホテルなどよりも、雲雀にはずっと安らかな感じがした。
中々小洒落た装丁だ、と骸ははしゃいだように言った。
彼は部屋に入るなりベッドに体を投げ出すと、艶かしく腰をくねらせ、挑発的な笑みで雲雀を見た。そのあらかさまに誘うような仕草に、雲雀は眉を顰める。
別にその気がないわけではない。どちらかと言えば部屋に連れ込んだ時点で、内心こうなることを期待していた。
むしろ骸が珍しく積極的な分、雲雀はいつもなら拒むどころか、逆に乗り気でそれに応じていただろう。
どこの誰ともわからない他人の体に、幻覚を上乗せした骸と、あらゆる意味で背徳的な行為を重ねるのは、初めてじゃない。
だが今、ベッドの上で悩ましげに脚を泳がせているのは、中身こそ六道骸だが、見た目は若い娘、しかも昔からの知り合いである。骸にとっても大事な部下であるはずだ。
骸との再会に浮かれていたのだろうが、いざ冷静になってみると、“彼女”の体に手を出すのだけは流石の雲雀にも躊躇われた。
せめて姿だけでも変えていたら、その気になったかもしれないが。
そう言うと骸は、ちっと苛ただしげに舌打ちした。

「いつもは嫌だといっても犯すくせに」
「それとこれとは話が別」

大体、そう言いながらも、結局最後まで自分に付き合うのはどこの誰だ。
本当に嫌なら幻覚を解いしまえば簡単に逃げられるだろう。
しかし雲雀は黙っていた。わざわざ自分から、不愉快な話題を振る必要はないだろう。
気乗りしないまま、偽りの身体で自分に抱かれる骸の本心が、愛情よりも同情に近いと言うことを、雲雀は嫌と言う程知っていた。
骸は拗ねたようにベッドから立ち上がると、備え付けのワインセラーの前までひょこひょこと歩いて行った。
一室にワインセラーがあるのは、モーテル独自の趣向なのだろう。無論中身は有料だが。
骸は無断で中を開けると、数本のワインをろくに吟味もせずに取り出した。それを小脇に抱え、ご丁寧に常備されてあるワイングラスを二本片手にぶら下げると、そのまま窓辺のソファへと向かった。
どちらの趣味なのか、“彼女”の身体を借りた骸は白いワンピース一枚という清楚な出で立ちで、部屋の中を歩く度にひらひらと裾が揺れる。
骸はゆったりとしたソファに腰掛けると脚を組み、隣に雲雀を呼び寄せ、相手が来るのを待たずに早速ワインの蓋を開ける。
わざわざグラスを持ってきたにも拘らず、骸は縁に直接口を付け、ビンを逆さにしがぶがぶと飲み始めた。

「行儀が悪いね」

雲雀は骸からワインを無理矢理取り上げた。持って見るとビンは軽く、既に中身は半分以上減っているようだ。
骸はそれ程酒に強くない。普段酒を飲まない人間が、こんな風に大量にアルコールを摂取したがる時は、決まって嬉しいことがあったか、どうしようもなく悲しいことがあったかの、どちらかのはずだ。
骸の場合は考えるまでもなく、後者だろう。

「やめなよ、やけ酒なんて...」
「君が相手をしてくれないから」

言いながら骸は、ワインを取り戻そうと雲雀にじゃれついた。雲雀は骸を押さえつけるように小さな背中に腕を回した。
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