ちいさな同居人





目が覚めて、いつもの朝と何かが違う事に気付く。
真っ白なシーツに拡がる鮮やかな金髪も、自分を抱き締めてくれている暖かな腕も、普段と何ら変わりないのに。

いまだ夢の中にいるらしい恋人を起こさない様にゆっくりと身動ぎ、彼の胸に顔を埋めるルーク。

寝覚めに感じた違和感も気のせいだと思う事にして、もう一度眠りにつこうとした。

――その時だった。

『ぶう』

生暖かい風が肌を撫でていき、髪を揺らした。

一瞬窓を開けっ放しにしていたのかと考えたが、昨日の晩、寝る前にちゃんと戸締まりはした筈だ。

ならば、今のは一体何か?

ぬくぬくとしたピオニーの腕の中でまどろみながら、ルークは半分寝ぼけた頭で思考を巡らす。

そうしていると、今度はまた一段と強い風が通り過ぎていった。

そして、耳元に感じる浅く早い呼吸音らしきもの。

「…え?」

その風の正体を探るべくルークは眠たい目を擦りながら開いた。

「…って!!?ぅ、わあぁっ!?」

余りの衝撃に思わず、自分を包んでくれていたピオニーすら突き飛ばす勢いでルークはその場から飛び退いた。

そこにあったもの。

「んん?…なんだぁ?ルーク、朝っぱらから大声出して…」

目をこすりながらようやく目覚めたピオニーは、青ざめた表情で自分の真後ろを指差す口をルークを、訳が分からないという目で見つめた。

「へ、陛下…っ、それ…」

言われるままピオニーが後ろを振り返る。

『ぶう』

「………」
「………」

ブウサギ。

しかも、とてつもなく巨大な。

「……こいつは…」

その巨大な生き物を見つめながら、腕を組み何かを考える素振りのピオニー。

ルークはその真剣な表情に思わず見とれた。
こんな状況下でどうかしてるとは自分でも思うけれど。

「“ルーク”だな!」

うんうん、と一人で納得しているピオニー。
その光景にルークはオイ!とツッコミを入れそうになる自分を抑え、その代わりに深く溜め息をついた。

「…これって、一体どういう事なんでしょうか…?」

「さぁな、それは俺にも分からん。ただ一つ、言える事は、コイツ…“ルーク”が大きいんじゃなくて、俺達が小さくなってるって事だな」

言われてルークははっとした。

朝一番に感じた違和感。
それがまさかこんな事だったなんて。

ブウサギだけではない。
周りの調度品やベッド、壁や家具に至るまで、全てのものが大きいのだ。

実際には、ピオニーとルークの2人が通常サイズより遥かに縮んでいる事による目の錯覚だが。

「…ええぇえっ!?へ、陛下…!俺、どうしたら…」

「落ち着け、ルーク。こういう時はじたばたしても何も始まらん。まずは、そうだな…」

顎に手を当ててうーん…と悩む仕草を見せた後、ピオニーは何か思い付いた様にニッと口の端をつり上げた。


* * *

「…で、なんでまたこんな事になってるんですか?陛下」

流石というか、ピオニーの思い付きはとんでもないものだった。

「まぁ、細かい事は気にするな。お前もこの機会に存分に楽しめ」

今、2人はピオニーのペットである一匹のブウサギの背中の上にいる。

ブウサギに乗って散歩する事、それが密かにピオニーの夢だったらしい。

初めの内はそのお誘いを断っていたルークだったが、爽やかな笑顔のピオニーに半ば強制的にソレに乗せられてしまった。

ブウサギの上に跨がる自分達は、はたからみればなんとも異様な光景だろう。

とりあえずこの部屋にいるのが自分達だけで助かった。
そう思わずにはいられない。

ルークは知らず知らずの内に溜め息がもれた。

「はぁ、これからどうすればいいんだろ…。つーか、なんでこんな事になっちまったんだよ…」

嘆くルークに返ってくるのは意外にも楽しそうな笑み。

「そうか?たまにはこういうのも面白いじゃないか。どうせ、ジェイドらへんの仕業だろーしな。心配はいらないさ」

絶望的な顔をしているルークを励ます様に、ピオニーはよしよしと頭を撫でてやった。

ルークは少し気恥ずかしくなって、目を逸らせてみる。

しかし、それは許されなかった。
グイと顎を捕らえられ、整った顔を間近に拝む事になってしまう。

そうしている内にも2人の距離は縮まっていき、目前にあるピオニーの目が細められる。

「へ、陛下っ?」

「ルーク…」

『ぶう』

と、ふいにブウサギの一匹が低く鳴いた。

続いて、部屋の外からのノック音。

「失礼します、陛下。もうじき昼になりますが?」

一体いつまでお休みになられているのですか?と丁寧でなおかつ刺のある口調と共に、無遠慮に入ってきたその男。
先程の会話にも出てきたまさにその人物。

「ジェイド。いいところで邪魔するなよ」

「スミマセン。お取り込み中の所失礼ですが、こちらもなにぶん急用でして」

いつも通りのサイズのジェイドは、ブウサギの上にちょこんと乗っかっている2人を一瞥した。

しかし、「おや」と意外そうな声を出したものの、この異様な状況下において余り動揺した様子は見られない。
まるで、こうなる事を予想していたようだ。

やはり黒幕は、爽やかな笑みを顔面に張り付けたこの男に間違いない。

「ジェイド!!どういう事だよっ!?ちゃんと説明しろ!」

今まで事の成り行きを見守っていたルークだったが、犯人が分かったとあってはもう黙ってはいられない。

やり場のない恥ずかしさに顔を赤く染めて、ジェイドを睨みつける。

「すみません、ルーク。大変な事になってしまっていますね。貴方を巻き込むつもりはなかったのですが…」

ジェイドの予想外の反応に、一瞬呆気にとられるルーク。

「どういう事だ?」

代わりにピオニーが怪訝そうな顔つきで問い掛ける。

「それは今から説明させて頂きます。その前にこれを飲んで下さい。解毒剤です。心配しなくともすぐに元の姿に戻れますよ」

赤くなったり青くなったりを繰り返しているルークに苦笑しながら、ジェイドは優しく言葉をかける。

それを聞いてひとまず安心する事にしたルークだった。


* * *

2人が薬を飲むのを見届けてから、ジェイドは事の経緯を話し出した。

「先日、珍しいお茶の葉を頂いたので、是非陛下へご賞味頂こうと思い淹れさせて頂いたんです」

ジェイドの言葉に黙って耳を傾けていたピオニーだったが、思い出した様に「あー」と呟いた。

「昨日飲んだアレか」

「ああ、あの紅茶!美味しかったですよね。ちょっと酸味が効いたシロップが紅茶とよく合ってて」

隣りで相槌をうっていたルークも、昨日ジェイドが自分達にと淹れてくれた紅茶の味を思い出して顔を綻ばせる。

「で?その茶に原因があるのか?」

「いえ、その茶葉自体に問題がある訳ではありません。ですが、今回の事に至ったのはちょっとした不注意でして…」

以前、ジェイドが実験用に作ったある薬品をメイドがシロップと間違えてしまい、それを疑いもせず使用してしまった。という訳らしい。

「けど、別に変な味してなかったぞ?つーか普通に美味かったし」

「それは食事に入れても差し障りがない様に作っていましたので」

聞き捨てならない台詞が爽やかな笑みから飛び出す。

「…って、結局の所は俺らを実験台にするつもりだったのか!?」

「とんでもない。まだ改良中でしたから、人で試すつもりはありませんでしたよ。しかし、結果的に貴重なデータを取る事が出来ましたので、お2人には感謝します」

そんな無責任な発言をしながら、2人に向かって黒い笑みを浮かべるジェイド。

やはりこの男だけは敵に回すべきではない。
そう身をもって実感した2人だった。


* * *

その後、ジェイドの解毒剤により元の姿へ戻った2人。

身体に何も異常が無い事を検査し終えて、ジェイドはルークに向き直った。

「ルーク、すみませんでした。迷惑をかけてしまいましたね」

少し安心した表情のジェイドの顔が側にある。

「あー、うん。別にいーよ。ちゃんと解決したんだしさ。まぁ、次回からは気をつけて欲しいけど…」

「おい、ジェイド。俺に対しての謝罪はどうした」

「ああ、そうでした。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした。今後はこの様な事がない様重々注意致します。‥しかし、貴重な体験が出来て良かったですね。顔にそう書いてありますよ」

謝罪ついでに、悪びれる様子もなくポンポンと飛び出す、仮にも皇帝に対して普通ならあるまじき発言。

しかし、それはこの2人がそれだけ親しいという事を証明するものでもあるが。

「ははっ、それもそうだな。たまにはこんなのがあっても面白いかもな。…なぁ、“ルーク”?」

元の身体に戻った事で、いつも通りにブウサギルークを撫でてやりながら、からかう様な視線を本人へと送る。

「絶対、嫌です!やるなら一人でやって下さい」


『ぶう』

ブウサギの鳴き声が、この特殊な事件の終わりを和やかに告げた。


end.

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