NL部屋

□あつい、さむい
1ページ/1ページ

ペイルティの冬は冷える。氷晶霊の暴走による異常気象が去った今もこの時期だけは町全体が寒波に見舞われる。
底冷えするような寒さは、買い出しを終えこれから船へと戻ろうとするリッドの体温をじわじわと奪っていった。
「うわっ、さっみ〜…」
突然の強い冷気を含んだ風を正面からまともに受け、リッドは思わず背中を丸めぶるりと身震いした。鼻の頭を赤く染めたリッドを隣で眺めていたメルディが可笑しそうに笑った。
「そうか?リッドは寒がりだな〜」
彼女はこの寒さをものともしていないようで、ニコニコと頭の上を走り回っているクィッキーを指先で構っていた。
「オレは別に普通だっての。キールみてーに毛布から出てこれない程じゃねーし」
きっと今頃は船室のベッドの中で震えているだろう幼馴染みの姿を想像してリッドは悪戯っぽい笑みを作った。
頭上にいるクイッキーをくすぐるように撫でていたメルディは、ふと思い付いたようにぱっと表情を輝かせてリッドの前へと躍り出た。
「リッド。メルディが後ろ、歩くがいいよ」
今度はメルディがリッドがこと守ってあげる番な。そんな事を言いながらスタスタとリッドの少しだけ前方を歩き出すメルディ。一方、状況についていけず間の抜けた声を出したリッドだったが、何か思い出すことがあったのか「ああ」と呟いた。


――それは、今より少し前の出来事…。




「あ〜つ〜い〜…暑いよぅ…」
火晶霊の谷でイフリートとの契約を終えたリッド達は休息を取るためシャンバールへと向かっていた。
灼熱の土地と言われるだけあって、うだるような暑さが続く砂漠を進む彼らの顔には疲れが見てとれた。特に土地柄暑さに慣れていないメルディの消耗は著しく道中何度も休憩を取っていた。
「もうしばらく進めば町が見えてくる頃だ。少しは静かにしてろよ」
額に汗を滲ませたキールが苛ついたように声を荒げる。暑いのは皆同じだ、と言わんばかりのキールにそれを聞いていたリッドは他人事ながらにムッと顔をしかめた。
「…メルディ、オレの後ろついてこいよ。そうすりゃ少しはマシになんだろ?」
先ほどからメルディの身体がフラフラしている事に気付いていたリッドが彼女の前に立ち影を作ってやる。
さりげないリッドの優しさにメルディはふわりと微笑んだ。
「ありがとな、リッド…。リッドが背中、とっても涼しいな〜」
「オイ、そんなにくっついてちゃ意味ねーだろ…。つーかオレが暑い」
体力の限界だったのか、リッドの身体に寄りかかるようにして歩くメルディ。それでも弱音を吐こうとはせず自分の足で前に進もうとする彼女にリッドはそれ以上何も言えなくなってしまった。
と、ジトリ…とした視線が背中から突き刺さっている感じがしてリッドは振り返った。そこには面白くなさそうに二人の姿を見つめるキールと、何か言いたげな表情のファラの姿があった。
「な、何だよ…?二人揃って変な顔で見てきて……」
「べっつに〜?なんでもー?」
何か含んだような言い方のファラ。キールに至っては眉間に皺を寄せたままフンと鼻を鳴らし、顔を逸らされてしまった。
なんなんだよ、と頬を膨らませるリッドのすぐ後ろでメルディがくすりと小さく笑った、気がした。




「――メルディは前にリッドがしてくれた、嬉しかったことしてるだけよ。安心して任せるがいいな」
「や、そう言われても……」
本人としては風避けになっているつもりなのだろうが、リッドより身体の小さなメルディでは正面から吹いてくる風を防ぎきることが出来ずに冷風がリッドの剥き出しの顔やら襟元に吹き付けてくる。まあ、強いて言うなら多少腹部周辺に直撃していた風が弱まったくらいだろうか。それでも一生懸命に自分を寒さから守ろうとしてくれているメルディの姿にリッドは心が温かくなる感じがした。
「なぁ、メルディ、…こっち」
呼び止められ振り向いたメルディの目に写ったのは、赤くなったリッドの鼻と頬と、ほんの少しだけ照れたような優しい笑顔だった。
ちょいちょいと手招きされる方へとメルディは歩いて行くと、リッドは頭の上に手を置いた。その瞬間彼女の頭上にいたクィッキーがピクリと耳を動かした。すでに遊び疲れ丸くなって眠っていたクィッキーを起こさないようにゆっくりと、風にふわふわと揺れる薄紫色の髪を撫でる。
「サンキュな、けど……こっちのがあったかいと思わねぇ?」
きゅ、と包まれた手のひらをメルディは驚いたように見つめた。グローブ越しの大きな手から伝わってくる確かな体温。
「…はいな。リッド、あったかね〜」
「ちょ、あんましくっつくなよ…、歩きにくいから」
いつもより少しだけ距離を縮めて、歩幅を合わせるようにして歩く。
船まであと僅かの道のりを、他愛もない話をして顔を見合わせ笑い合う。そうしていれば、身を切るような寒さがほんの少しだけ和らいだ。そんな気がした。



end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ