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□静夜のざわめき
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どんな人にも平等に訪れる年に一度のイベント。そして、恋人たちにとっても特別な日となる――クリスマス。






「今日は特別だ。飲め」

目の前に差し出された赤い液体を前にして、俺はしばしの逡巡の後、グラスに手を伸ばした。

「本当にいいんですか?」
「ああ。今日だけはな。ジェイドに見つかると厄介だがな」

クリスマスカラーに染められた街中の一角にある、目立つ訳ではないが、お洒落で落ち着いた雰囲気の陛下の馴染みバー。俺たちはその小さな店内のカウンターにいた。
もちろん陛下は一般人に変装済みだ。店内は客はまばらだったが、正体がばれるのはやっぱりマズい。

ゆっくりとグラスを傾けると、カランと氷が音を立てた。透き通った赤が口内に満たされる。心地よい泡が喉の奥へと流し込まれていった。甘酸っぱくて、それでいて優しい味。

「美味しい…。コレなんてお酒ですか?」

「気に入ったか?フランボワーズを使ったカクテルだ。そんなに度数は強くないが飲み過ぎるなよ」

余り酒に慣れていない俺を気遣う様に、瞳を覗き込まれる。
店内は明りが灯っているが薄暗く、いつもの空色の瞳を確認する事は出来ない。
視線をどこにやればいいのか困って、店内の様子を見渡す。
こういった場所に慣れていないせいか、それともこの雰囲気のせいか。いつもよりドキドキしてしまう。

「大丈夫か?顔が赤いぞ」

俺の気持ちなどまるでお見通しという風に、意地悪な陛下がクックッと楽しそうに喉を鳴らした。大きな手で戸惑う俺の頭を撫でられる。

「へ、陛…っ!」
「ピオニー、だろ?」

途中で遮られる。そうだった。この場で『陛下』なんて呼ぶのは流石にマズい。

「大丈夫、です…」
「“ピオニー”」

慣れてないせいもあるが、恥ずかしいもんは恥ずかしい。でも、まぁ、『ピオ君』でないだけマシか。

「…ピ、ピオニー」
「よし!」

満足した様に陛下が笑う。俺は逆に脱力した。

「まぁ、何はともあれ…、Marry Christmas 来年もよろしく頼むぞ」
「…こちらこそ」






そうして静かに夜は過ぎていく。恋人たちの幸せを祝福するかの様に…――。



end.

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