宝物

□喧嘩するほど仲がよい?
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――ああ…、もう…!
なんだってこんな奴の事なんかが気になるんだ。
いつも口を開けば喧嘩ばかり。
ガサツだし、口は悪いし、一般的常識には疎いし、食い意地は張っているし、そのくせ、食事のマナーすらなっていない。今に至ってもそうだ。なんだってそうやってパスタを音を立てて啜る!
口いっぱいに頬張ったスパゲッティミートソースの麺をずるずると音を立てて飲み込んでいく様は見慣れた光景とはいえとても気分が良いものとは言えない。
眉をしかめつつ咳払いをするとリッドがこちらを見た。視線が絡む。

「ん?どうした、キール。食わねぇのか?」
残すんなら勿体ねぇからオレが貰ってやるよ、そんな見当違いも甚だしい台詞を吐きながら、自分の配分(少なくともぼくの二倍の量はあった)をすっかり胃袋に収めたリッドの手が今度はこちらの皿へと伸びてくる。
「誰も食べないなんて言ってないだろ!?だいたいお前は…――」
無遠慮で図々しくて、そう続けようとした言葉が喉の奥に引っ掛かりそこで完全に止まってしまった。
なんだよ、と少し不満げな視線がこちらを覗いていたが、そんなことより今はどうしたってその口元に注目がいってしまう。
じっと見つめていたら「なにじろじろ見てんだよ…」とリッドがほんのりと頬を染めたが、…いや、そうじゃない。紅くなった頬以上に赤い口元のせいだ。

「……おまえ、その口…」
「へ…?」
呆れたように告げれば、口?と首を傾げおうむ返しに呟くリッド。その手が口元へと運ばれていく。そして、あ、と声を漏らした。
リッドの豪快な食べっぷりによって生まれた、口の周りに散らばっているソースや食材の残骸。それにようやく気付いたリッドはペロリと舌を出し口の周りを舐め始めた。
不覚にも心拍数が上がるのを感じながら、いやいやそうじゃない、こんなもの下品な動作に他ならない、落ち着け自分と言い聞かせ、浮かんだふしだらな考えを悟られまいと誤魔化すように溜め息を吐いた。

「…おい、まだついてるぞ」
あらかた舐め終えた様子のリッドだったが、その口元にはまだ僅かにソースが付着していた。
「ん、どこだ?」
「ホラ、この辺だ」
目的地が分からず彷徨うリッドの手の代わりに、自分の顔を指差し場所を教えてやる。
違う、そこじゃない。もう少し左だ。…違うったら!
――ああ、もう!

「手をどけろ、ぼくがやる」
懐から取り出したハンカチを片手にリッドの正面へ立つと「え、」と戸惑ったようなリッドの声が聞こえた。構わずにひったくるようにリッドの腕を剥ぎ取って、リッドの顔の汚れを落としていってやる。
「おまえってさあ…、ほんと、世話焼きだよなぁ」
ぼくのやることを黙って見つめていたリッドが思い出したように呟いた。顔が熱くなるのを感じる。
「…おまえに対してだけだ」
ポツリと呟けば目の前の元々大きめな蒼眼がさらに見開いた。そして、しばらくしてゆっくりと細められる。

――だって、そうだろう?
こんなどうしようもないような奴の事を…いつからか、どうしようもなく好きになってしまったんだから…。
だからこれは仕方がないんだ、と自分に言い訳して、ふわりと笑うリッドの綺麗になった口元に柔らかく口づけた。


end.

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