KxR

□駆引
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 うだるような暑さの中、やっとの思いで宿屋へ辿り着いたリッド達。長く続いた野宿生活と相次ぐ戦闘により皆疲れていた。

「は〜……こんな土地にしばらく滞在しなきゃならねぇのか……」
 暑い暑いと繰り返すリッド。まだ町に着いて半日も経たないというのにその表情には、すでにうんざりといった感情が表れていた。
「文句を言うなよ。ぼくたちはイフリートとの契約を結びにいかなきゃならないんだ。これから向かう火晶霊の谷はおそらくこの町なんかとは比べ物にならないくらいの環境で……」
「あ〜も〜、分かった分かった。想像しただけで暑くなるから止めてくれ」
 纏っていた装備を外し、ぼふりとシーツに埋まるリッド。その額には汗が浮かんでいた。
 外の温度と比べれば幾らかマシではあるが、灼熱の太陽が照りつける土地柄、もうじき夕方だというのになかなか気温が下がらない。
 予想以上に情報収集がすんなりといき、イフリートの居場所が分かっただけ有り難いというべきか。

「キール、水くれ」
「それくらい自分でなんとかしろよ」
 自らの装備を外していたキールは、ベッドに突っ伏したまま動こうとしないリッドに呆れたような視線を向ける。
 ちぇっ、と拗ねたように呟いたリッドはめんどくさそうにベッドから起き上がった。
「しょーがねぇ……水でも浴びてくっか」
「余り身体を冷やしすぎるなよ」
 キールの忠告にはいはい、と手を振ってバスルームへと消えていくリッド。その背中を見送った後、キールは溜め息を吐き出した。

(――大丈夫だ。いつも通りに振る舞えたはず……。これでいいんだ。これで……)
 自分に言い聞かせるように何度も先ほどのリッドとの会話を反芻させる。胸の高なりはまだおさまらない。
 リッドに特別な感情を抱いている自分に気付いたのは半月ほど前の事だ。
それからは自分でもありえないと思うが、ふとした時に相手の事が気になってしょうがなかった。仲間と一緒の時はそれほどでもないが、こうして宿で一晩を二人っきりで過ごすとなるともう駄目だった。
(落ち着けよ、ぼくの心臓……!同じ男同士じゃないか。一体何を考えて……)
 ――何を?
 そこまで思考を巡らせてキールははたと浮かんだ、とある欲求が身の内に存在していることに唖然とした。
(リッドに、触れたい、なんて……)
 自らの想像を打ち消すためブンブンと頭を振った。

「なにやってんだ?お前、さっきからすげー百面相」
「うわあっ!?」
 いつの間に風呂から上がったのだろうか。そしていつからそこにいたのだろう。
 キールが座るベッドのすぐ側には、濡れた髪から落ちる水滴をタオルで拭うリッドの姿があった。
 キールの叫び声に一瞬驚いた表情を見せるリッド。しかし、すぐに口許に笑みを浮かべ、キールの隣へと移動した。ボフ、と音がする勢いで隣に座り込んできたリッドにキールはビクリと肩を揺らす。このままではマズイと、咄嗟に距離を取ろうとするキールだったが、その前に肩にすらりとした腕が伸ばされる。逃がすまいと両腕で首元を固めてから、リッドはキールの顔を覗き込んだ。
「リッドっ……離せ……!」
 キールは全力でリッドの身体を引き剥がしにかかるが、首元でしっかりと固定された腕はびくともしなかった。
 先ほどはリッドに触れたいとは思ったが、キール自身まさかこんな形での接触を望んでいたわけではない。
「こ〜んな近くにくるまで気付かねぇなんて……一体何を考えてたんだ?」
 そう言ってしまえばますますキールの身体は硬直し、顔は熱を持った。真っ赤に染まってしまったキールの顔をしばらくの間じろじろと無遠慮に眺めた後、何を思ったかリッドはパッと腕を離した。
「……ま、言いたくなければ別にいいけどな」
 は〜あちー、などと呟きながらあっさりと自分のベッドに戻っていくリッド。てっきりあのままの体勢で尋問されるのだとばかり思っていたキールは思わぬ展開に「へ?」と間の抜けた声を出す。
 リッドは離れたが、顔の火照りと先ほど彼に触れていた感覚はまだ消えそうにない。

(いつも……こうだ。リッドに振り回されて気持ちを掻き乱されてばかり……ぼくは、)
 自分の気持ちすら満足に伝えられない。そんな自分自身の情けなさに思わず握り締めていた拳をそっと開くと、キールは立ち上がった。そして彼のいる隣のベッドへと移動する。
 おそらく大して興味が無かったのだろう。リッドはシーツの上に無防備に両手に広げて目を閉じている。眠っているわけではない。気配は感じているだろうが目を開けこちらを見ようとすらしない。今は彼のそんな姿にすら苛つきを覚える。キールは唇を噛んだ。
(絶対に、振り向かせてやる……!)

「……リッド」
 熱くなる心とは裏腹にできるだけ優しい声色で名前を呼ぶ。頭上から響いてきた声に流石にリッドも反応を見せた。
「ん、何だよ? なんか言う気にでも……」
 目を開けた瞬間予想以上に近くで真剣な瞳に捉えられ、リッドはそれ以降の言葉を噤んだ。
 ふいに顔の方へと伸びてきたキールの手に僅かにリッドの眉がピクリと震える。その手は肌を掠める事はなく、リッドの顔の隣へと置かれた。そのまま体重を掛けられベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。

「リッドに触りたい……」
「は?それどういう意味」
 絞り出すような声で告げられた言葉に、リッドは怪訝そうな顔でキールを見上げた。
「ぼくは……リッドが好きだ。だから、二人でいるとキスしたくなるし、触れたい。そういう意味の“好き”なんだ。お前の気持ちを聞かせてくれると有り難いんだが……」
 そこまで言ってリッドの頬に手を添える。軽く撫でると思った以上に柔らかな感触が掌に伝わってくる。まだ返事を聞いていないのにこれは狡い気もしたが、リッドが答えを出すまで待てそうになかった。事実、リッドからの返答はなく困ったように視線をさまよわせていた。その頬がほんのり赤らんで見えるのはおそらく気のせいじゃないだろう。この反応を見る限り、悪くはなさそうだ。そう判断したキールは次の行動へと移ることにする。
「……リッド。嫌か……?ぼくにこうされるのは、」
 そう言いながらリッドの身に覆い被さろうとした時、
「嫌に決まってんだろ。暑苦しいんだよ」
 ドン、と力任せに押し返され反動でベッドから落ちたキールは床に尻餅をついた。
 予想もしてなかったリッドの反応に意表を突かれたキールは、情けなくもそのままの体勢でベッド上にいる相手を見上げる。ベッド上で胡座をかくリッドと目が合う。その瞳は決して自分を軽蔑しているものではなく、キールはほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、この場合はどうするべきなんだろうか。状況が掴めないまま気まずい空気ばかりが部屋の中を流れる。
ついに痺れを切らしたリッドが頭を掻き面倒くさそうに口を開いた。
「今は、な……。オレが暑がりなの知ってるだろ」
 驚きに目を見張るキール。だが、すぐにそれは喜びに変わった。
 暑いから、それも理由の一つだろうが、先ほどのそれがリッドの照れ隠しだと分かったからだ。というのも、キールを突き飛ばした後、一瞬『ヤバイ』というような表情をしたリッドが視界に入った。
 おそらく突き飛ばしてしまったのもリッド自身反射的に行った行為なのだろう。そう結論付けるとキールは起き上がりもう一度リッドに近付いていった。
「……くっつくのが嫌なら、せめてキスくらいは構わないだろう?」
「……好きにすれば」
 むす、と膨れっ面をしているリッドの顔はやはり赤く染まっていた。
素直じゃない彼が自分のために与えてくれた隙をまずは存分に味わおうと、キールはそっと顔を寄せた。



end.

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