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□蛇行するヨクボウ
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「雪って見てる分には綺麗だけど、歩くときは迷惑この上ないよね」 シンプルな水玉の傘が俺の横に並んだ。俺は「そうだね」と答えながら、コンクリートに視線を移す。雪は積もりそうになくて、ばらばらと勢い良く舞っていた。手の感覚は殆ど無くて、気を紛らわすように強く傘の柄を握る。

人間を性別で分類したとき、男のほうがロマンチストで女のほうがリアリストなのだと思う。男女平等だなんとかと叫ばれてる昨今、性別で人間を区別する事がまず間違ってはいるけれど、そういうくくりで見た場合の割合としてはそれが正しいといつの日か気がついた。たぶん、彼女はその中でも特異的だ。そしてそんなところが、俺と似ているような気がする。ちいさなところで言ったら、今も舞っている雪。みんなが綺麗だなんだとささやきあう間に、彼女は一人「面倒だ」と考える。利己的なその考えを嫌う人も居るかもしれないし好む人も居る。俺がどっちなのかは言わずもがな。


「なんか楽しそうだね」
「え?だって俺、今年初めて雪みたもん」
「あー。やっぱり相葉くんのほうがわたしよりロマンチストだね」


彼女がそう言って上がった口角には、自分には無いものを持つ相手に対する羨みや、自分を肯定して欲しいという甘えた色も一切含まれて居なかった。ただ、事実をありのまま述べただけのような。こんなことを考える度、いつも俺は強い薔薇の香りを思い出す。昔付き合っていたあるおんなのこはとても独占欲が強くて、俺に合うときだけは薔薇の香水をつけていた。当たり前のように俺の手を取って指を絡ませ、体を摺り寄せてくる。ソレが当然で、俺が自分のものであるみたいに。


「雪にでも見惚れてるの?」
「・・・え、 あ。ごめん」
「いや、たいした事じゃないから」


彼女がもう慣れたとでも言わんばかりに笑う。俺はすこしだけ肩身が狭くなって、彼女と俺との距離を少しだけ遠ざけた。距離の空いた場所にちらりと彼女の視線がいく。

俺は怖いのだ。彼女がおんなのこに成ってしまったらと思うと怖くてしょうがない。女性が嫌いなわけでもないし、関係がないわけじゃない。けれど、あのロマンティックぶった目の奥に潜む獰猛な色にいつも怯えている。それが欠片も見つからない彼女にさえ、強い薔薇の香りを感じるのだから俺もとうとう末期なのだろう。 彼女のヒールの音が鼓膜を揺らす感覚が、どんどん俺の心臓に浸食してきて気持ちが悪い。俺はどうして彼女から薔薇の香りがするのかを知っている。彼女がおんなのこだからだ。 基盤はなんだとしても、俺にだけ「おんなのこ」だったとしても。



蛇行するヨクボウ



090309
恩田陸・ネバーランドの影響を存分に受けた結果

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