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□不器用な四季
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桜が降る頃にはもうこんなことが出来ないのだと、ここ最近の彼の目は語っている。太陽がコンクリートをあたたかく照らすような気候すらも今はうまく喜べない。教科書の詰まった鞄を持ち直して、校門まで出る。右側に視線を向けるとすぐ、見慣れた銀色の自転車。そこに入った紺の鞄は、そこが定位置であるかの如くすっぽりと収まっていた。


「今日は早いじゃん」
「そう?あんま変わんない感じだったけど」


どちらが言わずとも自転車のタイヤはくるくるとゆっくり回りだす。翔ちゃんのアディダスのスニーカーが静かに地面を踏んだ。一定のテンポを刻む彼とわたしの靴音だけがやけに鼓膜に染みる。 翔ちゃんが何も言わないでわたしの鞄を自転車のかごに入れる。いつものようにお礼を言ってから、手持ち無沙汰な感覚に困って両手はせわしなく揺れた。


「もうあったかいね」
「な。もうこのまま春になんじゃねえの?」
「うわーそれだったらいいんだけど」
「今、気候おかしいもんなあ」


タイヤがゆっくりと回転する。わたしたちの会話に合わせているのかと思うくらい同じようなのんびりと緩慢に。ひらひらと花びらが舞っても、違和感を感じないくらいのあたたかさがわたしたちを包んだ。きっと明日には気温も大幅に変わる。そして明日はそれに見合った会話をわたしたちは交わす。ゆっくりと回るタイヤの音を聞きながら。

いつまでも続かないであろうこの時間がわたしの記憶にどれくらい残るのだろうか。そして彼の記憶には?出来たら、手を繋いだりキスをしたりセックスをすることよりも、この時間が鮮明に残っていて欲しいと願う。そういう人間の生々しい感情よりも、彼にはこういう夢のように曖昧でぼやけていて体温の感じる会話のほうがとっても似合っていると思うのだ。




090216 タイトルは約30の嘘さま

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