owarai

□野バラの甘い毒素
1ページ/1ページ




ごくりごくりとお酒を流し込む井本さんを見つめていた。ある程度まで入っていたお酒はもう半分ほどになっている。わたしの手を冷やしているお茶は、大き目の氷がいくつも浮かんでいて暖房の効いた店内でゆっくりと汗をかいていた。


「あれ?酒、駄目やったっけ?」
「・・・飲めますけど今日は止めときます」


グラスから唇を離して不思議そうに呟いた。中身の減ったグラスを少し揺らしてからテーブルに置く。その一連の動作がやけに絵になっていて、それがわたしを複雑な気持ちにさせた。


「なあ、」


井本さんがいつものように話を切り出す。いつも彼が話す中身は、森木さんの話や仕事の話など。いつもいつも彼の身の回りで起きるたのしそうな出来事を聞いて、そこに入りたいような傍観者のままでいたいような曖昧なふたつの考えをよぎらせていた。


「付き合わへん?」
「・・・だれが」
「・・・俺らが」


わたしの返答にものめずらしそうに微笑んだ井本さん。それの真意はまったくつかめない。舞台の掛け合いのようにテンポ良くわたしと井本さんの言葉が絡まりあっていた。それがすこしだけ、面白い。けどそう思うことすら現実逃避のような気がする。何かを謀るようにわたしを見つめる彼の目から、視線を外すことが出来ない。


「なあって、」


欲しいものをせがむように微笑んで彼は言った。それを「きっかけ」にしてみなよ、と言わんばかりの表情。彼がアルコールをあんなにも一気に摂取した理由がすこしだけ理解できたような気がして、もしもわたしの考えた理由が正しいのだったらうぬぼれでもなんでもなく、わたしは彼と同じ位置に立っているのだと思った。 からからに渇いた喉を潤そうと手を伸ばしたグラスは彼の手に奪われる。


「その前に、言う事あるやろ?」


時間稼ぎも恥ずかしさも、彼はわたしのすべてをたべつくすつもりなのだと悟った。中身が一度も手をつけられないままで保持されているわたしのグラスを掴んで、もう一度井本さんは楽しそうにわらった。




090126
スピッツ 点と点
タイトルは約30の嘘さま

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ