clapとowarai2

□しなやかなひと clap
1ページ/1ページ


彼が誰よりもやさしいことをわたしは知っていた。吸わなくなった煙草も、わたしがねむった後に下がっているテレビの音量も、彼のやさしさを表しているような気がしていつもあたたかいものがわたしの心臓を満たしている。 部屋のはしで聞こえるギターの音と彼の歌声がテレビの音と混ざる。彼の甘ったるいはちみつみたいな声をもっと聞いていたくてテレビを消した。


「寝る?」
「ううん。和也の歌、聞いてようと思って」
「ふーん」


ギターのどこを押さえたらどんな音がどんな風に響くのかを彼は知っている。それを理解していないわたしからしたらそれは魔法のようで、試してみようとも思わない素晴らしいもの。時計の針がはんぶん動いたくらいのとき、和也は「そうだ、」と言って立ち上がった。特に気にしないで彼の背中を見つめていると、部屋の置くに転がった鞄に手を入れてなにやらやっている。そしておもむろに立ち上がるとわたしのほうに何かが飛んできた。反射的に掴んだものはちいさな箱。


「あげる」
「・・・これ」
「いらないの?」


和也が目の前にいて、彼の手に箱が渡る。その箱を彼が開くとそこにはシルバーリングが入っていて、あっけに取られているわたしに向かって彼は笑い声を落とす。いらないならいいよ、そんなこと思ってもいない癖にそう口を歪ませた。かすれた声で、「ありがとう」と言うと彼は指輪をわたしの指に通して、真面目な声で「結婚しよう」と言った。


「・・・な、んで いきなり」
「びっくりしたでしょ」
「・・・したさ。ばか」
「そんなところも好き?」
「・・・そうですよ」


わたしの手を掴む体温は何にも変えがたいくらいあたたかい。ぼろぼろと涙をこぼすわたしをやさしく見つめる彼が好きで好きでどうしようもない。指にしっかり馴染んだ指輪は綺麗に輝いていて、まるで自分の指じゃないみたいだ。答えなんか分かりきっているはずなのに、「で、返事は」 そう尋ねる声は不安を孕んでいた。当たり前のようにわたしが頷くとそれだけで彼は、ひどくしあわせそうに笑う。





090207

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ