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□空虚を吸う
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泣き腫らしたせいで、目が酷く痛む。ぼろぼろと目から滴り落ちた水分の所為できっと体の中の水は半分くらい消費したんじゃないか、なんて思う。 喉が息をするたびに少しだけ痛んで、それと一緒に呼吸するのも苦しくなる。イミテーションを孕んだ胸の疼きだっていつまで経っても終わらない。溜まった沢山のものを吐き出す方法なんかとっくの昔に忘れてしまった。泣けばいいんだよ、そう言って智くんは目尻を下げてさみしそうにわらったけれど。(本当の意味で苦しんでいるのはきっと彼で、でも私は彼を救えない)

テーブルの上ではカップの中で冷めた紅茶がぽつんとひとつおざなりに置かれていて、そこに映った私の顔は至極かなしげに歪められていた。



「さとしくん」
「なに?」
「いつもごめんね」
「いいんだよ」



彼がそう言ってさみしそうに声を吐き出せば、それだけでわたしはなにも言えなくなってしまう。「ありがとう」も「ごめんね」も彼の心を晴らすための言葉になってならない。そしてそれでもなにかを彼に伝えてあげたい、なんて思えるほど私は他人に優しくなかった。 さらり、彼の髪の毛が下に揺れる。そのまま彼は空気のなかに取り込まれてしまいそうなくらい儚くて、曖昧な存在に見えた。

吐き出すための声も、伝えるための言葉も、智くんへの気持ちも、全てどこかへ忘れてしまったみたいに沈黙とお互いの息遣いだけが簡素な私の部屋を満たしていった。 私に何か困ったことがあったときの捌け口は彼で、でも彼の捌け口がどこにあるのか私は知らない。大丈夫かと私が問うならば彼はいつもみたいに優しく眉を下げて趣味があるから大丈夫、と言うんだろうと思う。このままだと智くんが壊れてしまうような気がする。それでも、私は智くん、そう呼んだときの彼の微笑みに縋りついてしまうのだ。



「あのさ」
「うん」
「私になんでも言っていいんだよ」
「うん」
「うん もうちょっと頼ってください」



目のまえのカップを弄びながら呟く。それは思わず零してしまったもの。それは間違いなく自分の口から放たれたものだったくせにどこか出鱈目で嘘くさく感じる。そんな感覚を振り払うみたいに瞬きをすれば目はまた痛み出して、それを誤魔化すみたいに目を細める。そのとき、智くんの目から涙が一粒こぼれたような気がした。






にい 08.06.28

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