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□世界が少しだけ笑った気がした
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ただいつも歩いていく道、それを好きな人と歩くだけでなんで幸福になれるのでしょう。
見慣れた景色、歩きなれた道、少し遠い目的地までの距離は
今じゃもっと遠ければいいのにと、時が止まればいいのにとただ思うようになる。
せつないとかいたいとかくるしいとか。
全てが恋で生まれるけれど、それ以上に、なにかがあるような、そんな気がした。

わたしのスカートがゆっくりと揺れて、髪も歩くとふわり浮き上がる。
隣の人は何を考えているのかよくわからない顔でただ歩く。
こつこつと2人分の足音はわたしの鼓膜を震わせて、
それだけでどうしようもなく今の幸福を祈ってみたくなった。





「ごめんねー付き合わせちゃって」

「大丈夫」

「ほんとに平気?」

「おう」





大野くんの細くて綺麗な手はわたしの自転車を進ませる。
タイヤは見事に空気が抜けて軋みながら進んでいく。
少しずつ暮れていく夕焼けを見つめながら自転車屋に向かう道。

どきどきと少しずつ早くなる心臓はなにをやっても落ち着かなくて。
何を話せばいいのか、沈黙が少しだけ怖くて、
でも大野くんを見つめればそれだけで幸せになってしまうから。





「大野くん、」

「うん?」

「飴いる?」





ポケットの中にひとつだけ入っていた水色の飴。
その色は薄くてでも鮮明で、なんだか大野くんのようだった。

出した手のひらに飴を置くとすぐさま袋を開けて口に放り込む。
そして、うまい!と微笑む姿は夕日が沈みかけた世界の中で
なによりも美しく、輝いて見えた。
(やっぱり、あなたが、好きです)







世界が少しだけ笑った気がした
(だめだ、いとおしい)





にい 08.02.24
(title from SADISTIC APPLE)

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