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□叶わないはずの夢だった
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「あ、」




指の腹から生み出された血の玉は、
真っ白な紙と擦れあった為にどんどん大きくなった。
あーあ、と小さく漏れた声を止めることなく放っていると、
少し離れたところでゲームをしていた人がこっちを向いた。




「  切った?」




和也は、ぱっと私と私の指先を見つめただけで
何があったのかをすばやく理解して動いてくれた。

すぐにゲームを一時停止して立ち上がると、
ティッシュを一枚と、絆創膏を私のところに投げた。
それは音もたてないで私の目の前よりも遠く離れたところに落下。
まあどちらかというと、絆創膏のほうが近くにあるかな。
私の中でわざわざ重い腰を上げてまでも取りに行くか、それとも血を眺めるか、
どっちを優先すべきか悩んでいたら目の前にティッシュと絆創膏。




「なにやってんの、」




立っていたと思われる和也は、私の手をとると
ティッシュをおもむろに押し付けて血を拭った。
それは、とても丁寧に、丁寧に。
なかなか無い血液を見るチャンスだったのに、とか
血の味ってどんなんだったけ、とか考えている間に、
和也の手によってゆっくりと染み出していく血は
すばやくティッシュに吸い込まれていった。




「なんですぐに血止めないの」

「いや、なかなか指って切らないから」

「珍しいなあと?」

「うん、」




馬鹿だね、ちいさく和也は笑みをこぼす。
優しく、でもほんのすこし強く、ティッシュが押さえつけられる。

和也は本当は凄く優しいと思う。
私が拭いきれない怖さも血と一緒に拭い去ろうとしているように見えるほど。
何も言わないけれども私はそこまで馬鹿じゃないから、
和也の優しさの意味も知っていて、だから二人でここにいる。




「痛いっしょ、」

「うーん、あ、痛い。」

「おそ、」




絆創膏を出して殆ど血が止まった指に貼り付ける。
手際がいいなあと感心していると和也が、なに?見惚れてんの?と笑った。
和也の笑い方が私は凄く好き。
大きな声で笑うのも、すこし口角を上げる笑みも。
本当に輝いている人の様な気がする。
内も外も、どちらも。




「おーわり。」

「ありがと、」

「じゃ、世界平和にしてくる。」




お礼の言葉を聴き終えるとともに立ち上がって
和也は、またRPGの世界のほうに向かっていく。
その背中を見つめて私はすこしだけ泣きそうになった。







叶わないはずの夢だった
(いま、それがここにある)










にい 08.01.09
(title from 酸性キャンディー)

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