いつの間にあの方はあんなに逞しくなられたんだろう?
ミアキスは一人城の最上階の窓から外を観ながら考えていた。
赤い夕日が差し込み湖面がキラキラと光っている。
ミアキスはなんとなく、よくここに来て遠くを観ている。少しだけ辛い気持が和らぐような気がするから。
そしてソルファレナにいるリムスレーア姫の事を想う。元気でいるのか、不便はしていないか…。
しかし、今日は違った。今考えていたのは、リムスレーア姫の兄である王子の事だった。
ドラード要塞で、たまらず泣き出してしまった自分を、優しく抱き止めてくれた王子の腕は、確に強く逞しくなっていた。
「こんな形で強くなるなんて、何だか嫌ですよねぇ」
「何が嫌なの、ミアキス?」
ミアキスが溜め息混じりに呟いた時、後ろからよく知っている声…今ちょうど考えていたその人の声が聞こえ、ミアキスは振り返った。
「王子…こんにちはぁ」
「やあ、ミアキス。で、何が嫌なの?」
ミアキスは隣に歩み寄り、外を眺めながら問う王子にチラリと視線をやり、身を反転させ壁に預けた。
「今日はリオンちゃんはいないんですかぁ?」
まさか、王子が強くなった理由ですよ。など言えるはずもなく、ミアキスは話をそらした。
「そんな四六時中一緒ってわけじゃあ……あるね」
「そうですよぉ。王子が一人なんて珍しいと思いますけどぉ?」
ミアキスは苦笑する王子を見やる。
確に、今までもこうして一人きりの王子と話すことは滅多になかった。王子にはリオン、自分にはリムスレーアがいるのが常であったからだ。
改めて見る王子は、やはり前よりは大人びた表情をしているように感じる。
ミアキスは胸が締め付けらるような、少しだけ悲しい気持になった。幸せだった頃が遠く感じる。
「今日は夕日が綺麗だったからね。高いところから見たらもっといいかなあと思って」
「そうですねぇ」
王子の言葉につられ、ミアキスが夕日を観ようと振り返りかけた時、ミアキスの方をむこうとした王子と目が合った。
「冗談だよ」
柔らかく微笑んで言う王子をミアキスは夕日を見るのも忘れてきょとんと見た。
「夕日を観に来たのは冗談。ミアキスがここにいるから来たんだ」
「わ、私に会いたかったんですかぁ?」
ミアキスは心臓が跳ね上がるのを感じ、それを悟られまいとわざとちゃかして言った。いつも、からかうのは自分の方なのに、何だか今日は調子を狂わされている。
「そうだよ」
「そうですかぁ。……え?」
さらりと言った王子にミアキスは思わず納得しかけたが、はたと気づいて心底驚き王子を見つめた。
王子はミアキスの驚く様子がおかしいのかクスクスと笑っている。
「な、なんですかぁ?歳上をからかったらダメですよぉ?」
ミアキスは赤面しているのを気づかれないようにと、夕日に顔をあて横目で王子を見る。
王子は肩をすくめてミアキスを見た。
「たまに、辛そうな顔して階段を昇って行くのを見かけてたから。で、今日は後つけてきちゃった」
「そうだったんですかぁ!でも大丈夫。ただ夕日を観に来てるだけですから〜」
内心かなわないなぁと思いながらミアキスは笑った。
こんな言葉に誤魔化される王子ではないけれど、だからといってドラード要塞の時のように甘えるわけにはいかない。
自分は女王騎士の一人なのだから。
「…夕日ね。確かこの間の雨の日もここに来てたような」
「なんでそんなこと知ってるんですかぁ?」
「お節介というか、心配症な人がいるからねぇ」
ミアキスはジロリと王子を睨んだ。睨まれた王子は、目線を後ろにある扉に向けた。
それは、封印の間の扉でこの部屋は常に人の出入りがある。
「…あ」
いつの間にかいろんな人に心配をかけていたんだと気づき、ミアキスは扉をみて小さく声を上げた。
「ねえ、ミアキス。絶対リムは助けるから。約束する。誓うよ」
王子が静かに、しかし力強く言った。
扉を見つめていたミアキスはその王子の声に向き直る。王子は多くを言わないが、自分の事を心配しているのが伝わってくる。
「私も一緒に、ですよぉ?」
「そうだね、一緒に」
ミアキスに優しく微笑み頷いてから王子は夕日を観た。
ミアキスも王子にならって夕日を観る。
この美しい夕日を、全てが終わって、また二人で観られる事を心から願う。
「ところで、さっき何が嫌だって言ってたの?」
「歳上に冗談なんか言うようになった王子は可愛くないって事ですよぉ」
ミアキスは「嫌」の本当の理由を胸にしまって、王子が逞しくなるのなら、一緒に強くなろうと心に誓った。
END
リオンと夕日を見ながら話したなあと思いながら。書きました。
ミアキスより王子の方が一枚上手になってしまいましたね;
王子にミアキスの事を申告した封印の間の人達。ゼラセなんかは、
「あんな所にいられては邪魔なのです」
とか言いつつ心配してそうです(笑)。