Original Novel

□⊂過去の中の未来⊃
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 そんなことを考えながら、サチはふとテレビの横にある小さなサイドボードの上に飾ってある写真に目をやった。
 そこには、海をバックに楽しそうに笑っている男女の姿が写っていた。
 女はサチ。その肩に手を回して写っている男は…。
 智幸。西方智幸。
 5年前、このアパートを借りる直前まで付き合っていた男…いや、この男との事がきっかけで一人暮らしを始めた、と言った方が正しい。
 智幸はサチより二つ年下だった。年下の男と付き合うのは初めてだったが、それまでに付き合ったことのあるどの男よりも、サチは智幸のことが好きだった。
 一緒にいても、何も気を使うことがない。それを言ったら、智幸も同じ事を言ってくれた。それだけで、サチは幸せな気分になれた。
 デートの別れ際に淋しくて涙が出そうになったり、誕生日プレゼントにもらったブレスレットは肌身離さず付けていたり、お互いの両親に内緒で海まで旅行に行ったり。
 そんな普通の付き合いをしながら、サチも周りの友達と同じように智幸と結婚して、この楽しい時間の延長のようにずっと一緒に過ごせるんだと、漠然ながらも思っていた。
 だが、現実はやはり、違うのだ。

「俺さ…会社、リストラされたよ」

 ある日、いつものファミレスで智幸は唐突にこんなことを言った。サチは驚いて、一瞬言葉につまる。俯くサチに、智幸はこう続けた。

「だからさ、これから就職活動に専念しなくちゃならないと思うんだ。あえる時間も、今までと同じにはいかないと思う」
「そう…」

 サチは、ゆっくりと小さく息を吸い込んだ。その間に、今言われたことを頭の中で繰り返し、次に出さなくてはならない言葉…智幸の彼女として、一番智幸の為になるような言葉を探す。
 だが、サチの心は“今までみたいに会えなくなる”という智幸の言葉だけが強調されていて、必死に不満を訴えている。
 就職活動をしながらでも会う時間くらいあるのではないか。今までと同じじゃなくていい、会う時間が減ってしまうのは我慢する。だから、少しはあたしと会う時間も作って欲しい。
 本当は我儘を言わずに、智幸を元気づけて素直に応援してあげなくちゃならないってこても分かっている。だが、やはり感情のほうが勝ってしまい、サチはもっと会いたいという言葉を発しようと顔を上げた。
 だが、顔を上げたら、智幸の唇がやけにゆっくりと動くのが見えたのだ。

「ごめんな」

 …そんな風に謝られたら。
 智幸が可哀想だと思ってしまう。
 何も悪いことをしたわけではない。悪いのは智幸の会社なんだ。自分の都合ばかりを考えて、簡単に智幸を捨てた。
 それなのに、何も悪いことをしてない智幸が、あたしに謝っている。そう思ったら――智幸が、可哀想だ。だから、サチはこう言ってしまう。心の意見を奥深くに押し戻して。

「わかった、事情が事情だから仕方ないよ。あたしに出来ることがあったら、何でもしてあげる。智幸のこと、ずっと応援するから」

 作り笑いではなかった。大好きな智幸が少しでも元気になるなら、応援してあげたいと思った。だから、自然に笑顔を作ることができた。淋しい気持ちなんて、自分が我慢すればいい。
 ざわざわと色々な話し声が入り交じるファミレスの中で、サチはいつもと同じように智幸と二人の時間を楽しんでいた。それは、例え会える時間が少なくなっても、これからも続くと思っていた。
 その時はそれが、智幸との最後の会話になるなんて、これっぽっちも思ってなかったのだから――。

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