日記SS

□望順
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深夜三時の逢引き

警察官の仕事を始めて早数年。毎日の事に慣れてきて、事件事故もそこそこ数をこなしてきたと思う。
しかしいつ何時なにが起きるかわからない為、常に神経を張っている。
先輩警察官が裏で仮眠をとっているので、深夜の交番には望だけが座っていた。
日中は車がよく走っている通りは、夜になると何も走らない。思い出したかのようにちらほら走る程度だ。
書類整理をしていれば、ふと人影を感じた。
「より?」
「今大丈夫?」
小さな声と物音を立てながら入ってきた順敬は、きょろきょろと辺りを見渡す。
「ひとり?」
「いや、先輩が裏で仮眠中。できるだけ静かにな」
こくんと頷き、順敬はカバンから水筒と巾着袋を取り出した。
ほのかに温かい袋に、中身を見れば小ぶりなおにぎりが三つほど入っている。
「夜食。水筒にはしょうがスープ入ってるから」
「こんな時間に大丈夫なのか?」
もうすぐ三時を指す時間帯だ。順敬は明日も勤務だったはず。
「大丈夫。さっき連絡が入って急に休みになっちゃってさ、望の顔も見たくなったから来ちゃった」
動物病院でそんな事があるのかと訝しく見れば、どうやら機材トラブルで臨時休業になったらしい。
手術が入ってなくて本当に良かったよと、順敬は少しほっとしていた。
「そうだったのか。ってかオレが居なかったらどうするつもりだったんだよ」
「近くにコンビニあるし、アイス買って帰ろっかなって」
「なるほどな」
コンビニは交番から見える位置にあり、望はほんの少しだけ張りつめていた神経を和らげた。
深夜の急な連絡にたたき起こされ、望に会う口実の為に夜食を持ってきてくれた順敬に、愛しさが胸に込み上がってくる。
仕事中とわかっていても、両腕は順敬を抱きしめたくてたまらなくなっていた。
こんな時間だ。日中よりはるかにリスクは低いとわかっているが、どこに人の目があるかわからない。
だから、せめて、その手に触れるのが今できる精いっぱいの愛情表現だった。
「冷たい手だな」
「春っていっても夜は冷えるからね」
「何もなかったら朝にはちゃんと帰るから」
「うん。ご飯作って待ってる」
「それよりも抱きたいけどな」
事件が起こらない事を願い、本音を零してみれば、順敬は何度か瞬きを繰り返すと柔らかく微笑んだ。
キスしたい衝動に突き動かされるが、ぐっと堪え、名残惜しむようにこの手を解いた。
「気をつけて帰れよ」
「うん。ありがとう。お仕事頑張ってな」
「ああ」
そのまま真っ直ぐ帰ると思ったが、順敬はコンビニに立ち寄り、アイスを買っているとわかってしまった。
小さな苦笑いを零し、望はテーブルにささやかな夜食を広げた。
カップに注いだスープは食欲をそそる香りをしていて、小ぶりなおにぎりは三つとも海苔で巻かれている。
一口かじれば、自分で作ったおにぎりよりもずっと美味しく感じた。
「……早く終わらねぇかな」
あの体を抱きしめたい。首筋に顔を埋めたい。望が無理矢理開けてしまった耳朶を舐めてやりたい。
きっとくすぐったそうに順敬は笑ってくれるだろう。
強引に事を運んでも許してくれる。順敬が優しいのは、望が誰よりも知っている。
あの笑顔に、声に、優しさに、強さに、望は惹かれた。
告白したあの日から、大切にしたい気持ちはずっと変わっていない。
夜食を食べきった頃、タイミング良くというべきか忌まわしい音が鳴り響き、望は苦い顔で電話を取ったのだった。

おしまい。

電話の呼び出しは無事解決したので、引き継ぎをした望はすぐ帰宅して、順敬とにゃんにゃかしました。
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