日記SS

□恭矢
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春の日


髪が舞い、視界は黒く染まる。
鬱陶しいと思う事も多いが、まとめてしまえばスッキリするので、現状維持が無難かもしれない。
恭成さんのようにマメに理容室に行けばいいのだが、いかんせん外に出るのは苦手だ。
家に根を生やしたかのように、自発的に出歩かない。ただ、本屋は好きだからその時だけは例外だ。
今日は恭成さんに誘われて近くの大型公園にやってきた。
自然豊かな公園を歩きながら、あちこちで咲いている桜を鑑賞する。
蕾の枝はほんのりピンク色に色づき、早期に咲く桜はとても優しい色を揺らしながら風に運ばれていく。
せっかく整えたのにまた髪が視界を遮り、オレは歩みを止めた。
「どうした?」
「風が強くて髪が……」
「ゴムとか持ってきてなかったのか?」
「こんなに風が強いとは思ってもいませんでしたから」
髪を抑えようとしても、風の勢いは強まるばかりで、うまく抑えられない。
いっその事丸刈りにしてしまうのも一つの手だろうか。いや、それだと外に出る回数を増やす事になる。
その時間を作るくらいなら読書か仕事に充てたい。
「そんな触り方したら髪が絡むぞ」
恭成さんは髪を抑えようとしているオレの手をやんわりと下ろさせた。
まだ風は強い。髪はあちこちに舞い上がる。
嵐のような風が落ち着いてきた頃、タバコの香りを感じる手が髪を撫でてくれた。少し高い体温が気持ち良い。
もっと触ってほしくて、もっと香りを感じたくて、その手をそっと撫でた。
「徳明?」
「恭成さんの手は気持ちいいですね」
暖かい日差し。優しくなった風。大好きな人が目の前にいる。
なんて贅沢な春の日なんだろう。
恭成さんは徐々に顔を赤らめていくと、辺りを見渡した。
幸い今は人気がなく、強く抱きしめられた。
「恭成さん?」
「その顔は反則だろ……」
「変な顔してますか?」
「そうじゃなくて……まぁ、気にすんな」
笑われたのが振動でわかって、何故そうなったのかがわからない。
首を傾げようにも、恭成さんはしっかり抱きしめているから動くのが難しい。
「一緒に出掛けてくれてありがとうな」
「はい」
「出かけたのに帰りたくなってきた」
「二人きりになりたいという事ですか?」
「……珍しく察しがいいな」
はにかむように微笑んだ顔が可愛くて、オレは再び抱きしめてもらうべく、肩に顔を埋めた。

おしまい。
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