日記SS

□恭矢
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修羅場中の徳明は、難しい顔をしながら仕事をしている。
キーボードを叩く様はまるで夜叉のような雰囲気をしていて、声を掛けずらい。
書くのが早い方なのに、時折出版社からの無茶ぶりで締め切りを多重に抱えてしまう事がある。
断る時はハッキリ断る。けど今回は断ったのにも関わらず、ほぼ押し付けられるような状態になったみてぇだ。
そっとしておこうと、仕事場の扉を閉め、俺はノンカフェインのコーヒーに口づけた。
もうすぐ日付の変わる時間帯に近づく。
この時間帯にカフェインを摂取すると眠りにくくなっちまってきてて、夜はもっぱらノンカフェインを愛飲している。
──今日は俺の誕生日で、徳明は修羅場のせいか一日中俺をほったらかしにしている。
社会人として仕事は優先すべき事項だ。それに俺は日中家を空けてるし、なによりこの時期は体育祭や文化祭の準備で帰りが遅いのもあってか、帰宅しても会話は少ない。
「……ちょっと寂しいもんだな」
付き合って、一緒に暮らして、毎年祝ってもらっている誕生日。
それなりの年月を重ねているから、おざなりになってもしょうがねぇと思ってても、地味にキツイ。
寧ろこの時期に今まで祝ってもらってただけでも良かったとすべきなんだろうか。
いい感じにコーヒーも少なくなり、さっさと寝てしまおうと浴室に向かおうとすれば、大きな音が後ろから聞こえた。
「徳明?」
髪をクシャクシャにし、鋭い足音を立てながらこっちにやってくる。
胸倉を掴まれたかと思うと、勢いよくキスをされた。
「……矢坂?」
思わず昔の呼び方が出てしまったのは、徳明らしからぬ行動だったせいだ。
いくら徳明が普通の恋愛に慣れてきたとは言え、こんな行動を取るのは珍しすぎて『幻覚か?』と聞きたくなる。
まぁ唇が痛いから、幻覚じゃないけどよ……。
「あと二十分で終わらせます。少し時間を潰して待っててください」
「お、おう……?」
「恭成さんの誕生日なのに、こんな事になってしまってすみません。一緒に寝られるようにはしますから」
そういって仕事場の扉を閉め、籠ってしまった徳明に、俺は後からやってきた感覚に顔が目茶苦茶熱くなってきた。
どっちだ。どっちの『寝る』だ。今日何曜日だ、木曜か。多分普通の寝るなんだろうけど、今の行動だとヤるの寝るで解釈するぞ!?
時折男らしい行動をする徳明に、俺は驚かされっぱなしだ。
俺を一喜一憂させるのなんて、きっと世界中探しても徳明以外はいないと思えてきた。
火照った頬を仰ぎ、俺はその場にしゃがみこんだ。
「こんな誕生日プレゼントは、予想外だったな……」
きっと俺との時間を作るために、徳明はあの形相で仕事をしていたんだろう。
嬉しくて、さっきまでの寂しさは吹き飛んでしまって、俺はニヤける顔をどうにか抑えるべく、冷たいシャワーを浴びようと決めた。


おしまい。
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