日記SS

□SPY,to〜,Jasper
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たなばた。


なんとなく連絡を取り合っていたら、気づけば大所帯へと変貌していた。
十九時に集合。空はまだ藍色に染まりきっておらず、懐中電灯などなくても誰がいるのかを視認できる。
バーベキューセットは時間の都合がつきやすい矢坂がすでにセッティングを終えていて、仕事帰りでやってきた買い物班はスーパーの袋をテーブルへ置き広げると、固形燃料や、炭を放り込んでいく。
炎が灯れば、温かい明るさが広がり、誰かが持ち込んだ簡易灯が空き地をほのかに照らす。
袖をまくりあげ、菜箸で熱くなり始めた鉄網に肉を並べる。
煙と共に食欲をそそる音と香りが広がり、すでに切られている野菜たちもいい焦げ目をつけて甘味を増していく。
紙皿に焼肉のタレを注ぎ、出来上がった肉を各々がとっていった。
「ん〜!仕事上がりにバーベキュー最高!」
発案者の片割れであるの夏維は、肉を頬張りながらクーラーボックスに入っている飲み物をチラリを確認する。
「今日は飲むなよ」
「えー?駄目?」
釘を刺したのは冬大で、片手にはプルタブの空いたビール缶。
「あ!冬大は飲んでるじゃん!ずるい!」
「お前は調子に乗って飲み過ぎるだろ」
「そんなに飲まないって」
「本当か?」
空は宵闇色。雲に隠れた月明かりは心許なくて、簡易灯が冬大の表情を薄く照らす。
鋭い目に問われると、徐々に自信がなくなってきてしまい、強く否定できなくなってしまう。
「いいじゃんいいじゃん、別に飲ませても。ゲロって動けなくなっても俺はこまんね〜し。な、柚子」
「ええ…それは駄目なんじゃないかな…」
学生時代は輝くような金髪をしていたのが、今では自毛に戻し、長かった髪やピアスはなくなってしまい、久しぶりに会う人には初見で侑一だと気づく者は多くないだろう。
侑一の隣には、椅子に腰掛け、腕には乳飲み子である二人の息子がすやすやと安らかな寝息をたてている。
「冬河(とうが)ってこんなにうるさくて煙たくても寝てるって、結構大物になりそうですね」
もう一人の発案者である深吾は、大物の寝顔をまじまじと見つめた。
赤ん坊は顔が変わるというが、今のところは侑一に似ているような気がする。成長するにつれてどんな子どもになっていくのだろう。願わくば侑一のような性格にはならないことを祈るしかない。
「まぁ俺の息子だし?あ。深吾、烏龍茶とって」
「ちょっと待ってください。…はい、どうぞ」
「サンキュ。柚子、俺が冬河抱いとくから、柚子も食べな」
「ありがとう、侑一くん」
「お皿とお箸、どうぞ」
「ありがとう」
紗砂のタイミングのよいフォローに、柚子はふわりと微笑むと、じゅうじゅうと肉汁が滴る肉へと箸を伸ばした。
深吾と侑一が談笑している為、紗砂は夏維のそばへと歩みを寄せる。
「ねぇ夏維。短冊とかどうするの?」
「ああ、それはもうちょっと食べてから飾るつもり」
この集まりは、秋桜メンバーで七夕をしようというのがキッカケで始まった。
ちょうど金曜日なのもあり、夜遅くまでどんちゃん騒ぎをしても土曜日は休みだ。話が膨らめば、人も増え、今の状態へと落ち着いたわけとなる。
各々願いを込めた短冊を持ち寄り、あとで笹に飾る予定だ。
笹は秋桜学園の裏手に生えているものを恭成が持ってきたのもあり、ここにいる面々にはある意味懐かしさが込み上がるものがある。
つつがなく食事は進み、腹も満たしたところで、各々が用意した短冊を、小さな笹へとかける。
「もっと大きな笹が良かったんだけどな、さすがに怪しまれるからこれで勘弁しろよ」
「十分!恭成サンキュ!」
「本当にありがとうございます、恭成さん」
「どういたしまして」
ずいぶん扱き倒した、弟子ともいうべき可愛い二人に言われてしまえば、恭成はつい顔が緩んでしまう。
色とりどりの短冊。各々の願いが笹へとかけられていく。
誰も誰かの願い事をみようとは思わなかった。願いがこもっているからこそ、懸命な気持ちを、軽い気持ちで見てはいけない気がしたからだ。
簡易灯や炎のあかりだけで、文字がはっきり読み取れないのは幸いだったかもしれない。
「あ」
夜空に投げかけるような誰かの声に、全員が空を見上げた。
都会の喧騒から少し離れた空き地。すぐそばには川のせせらぎ。重い雲は流されたのだろう、まぁるい月が地上を照らす。
「きれい」
天の川は拝めなかった。だが、月はこんなにも美しい…。
それだけで十分すぎるほどだ。
「晴れたから、織姫と彦星は会えたかな」
紗砂の問いかけに、深吾は「どうだろうな」と答えたが、その腕は紗砂の肩をしっかりと抱いていた。
それが深吾の答えのように思え、紗砂はくすくすと喉を鳴らして笑った。
「ふぇっ…」
「あら、冬河起きたの?」
よしよしと愛息をあやす柚子に、侑一は片手を上げ、申し訳がなさそうに頭を下げた。
「悪い。冬河起きたし、俺たちは抜けるわ。今度後片付けとかの埋め合わせするからさ!」
妻を気遣いながら、近くに停めてあった車に乗り込んだ侑一に誰も反論なんて野暮な事はしなかった。
柚子と出会い、侑一が随分と丸くなったのを、冬大は知っている。結婚をしてから、侑一が今まで以上に大人な対応をするようになったのを、夏維も深吾も知っている。子どもが生まれてからは、本当に幸せそうに笑うのを恭成は知っている。
だから、誰も意義を唱えない。
「あいつも変わったな…」
「そうなんですか?」
独り言が意外と大きかったらしく、隣にいた矢坂に問いかけられ、恭成は苦笑いを零す。
「出会った頃はひどかったからなぁ…。まぁ。お前もすっげー変わってくれたよな」
くしゃりと長い髪を撫でられ、矢坂は首を傾げる。
本人は気づいていないらしく、恭成はますます笑った。
「冬大」
「なんだ?」
ワイシャツを引っ張られ、冬大は夏維へと視線を落とす。
二人は、お互いなにを書いたのかを知らない。けれど、なんとなく、願いは一緒だと思っている。
「俺の願い事、叶えてくれる?」
「…夏維こそ、俺の願いを叶えてくれるのか?」
それが、答えだった。
月が雲に隠れた瞬間、二人は蕩けるようなキスを重ねた。
誰かに見られてもいい。
恥ずかしくなんてない。
だって、目の前にいる人は、愛しい人なのだから。
好きな人に一年間会えないなんて、きっと二人にはできない。
離れたくない、ずっと一緒にいたい。それくらい、必要な人だから…。
夏の生ぬるい風が吹き抜け、彼らの七夕はゆっくりと終わりを告げたのだった。


end


勢いのまま何も考えず、七夕だからみんなでBBQしようぜ!な、話を書きたかったんだ!
起承転結?なにそれおいしいの?(笑)
とりあえず日常かけて私が満足すればそれでOKなのですw
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