短編集

□無音の夜
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「…次元」
 名を呼ばれ、ゆっくりと振り返った。見慣れたトレンチコートに、張り付いた笑みがストンと剥がれ落ちる。
「……銭形。何故ここにいる?」
「ここのところマフィアが次々と壊滅している。その事件がルパン絡みかも知れんと呼び出されたのだ…どうやら本当だったらしいな」
 銭形が近づいてくる。それをぼんやりと逃げるでもなく見つめていた。この数日間ロクに休憩もせず暴れ続けていたからかもしれない。緊張の糸が切れ、最早動く気力すらなかった。
 銭形は俺の目の前に立つと、胸ぐらを掴んだ。俺はやはり、されるがままになっている。
「…ひとつ教えろ、次元。ルパンと五ヱ門、不二子は無事なのか?」
「生きてるぜ。ギリギリ、間に合ったからな」
 あの日。襲われた俺は素早く刺客を倒し、お互いに連絡を取った。とりあえずマフィアの上の奴らへは声真似で報告し自分が死んだことにして、急いで五ヱ門やルパン達の救出に向かったのだ。
 現場は阿鼻叫喚だった。電話線を切り相手の通信を途絶えさせてから乗り込めば、ルパンも五ヱ門も血溜まりへと沈んでいた。そこから先の記憶はどこか曖昧で、意識がハッキリとしたのは唯一無事だった不二子が俺の顔にビンタを喰らわせた時だった。
 泣きそうな顔の不二子に動揺し、また血溜まりに沈む彼らを見て更に動揺した。アンタがしっかりしないでどうすんのよ!と不二子の悲痛な叫びがまだ耳に残っている。
 誰一人、生きている者はいなかった。ルパンと五ヱ門は運良くかろうじて息があって、慌てて運び出したのだ。俺は有り金を全部はたいて腕の良い医者を数名雇い、手術をさせた。今も彼らは治療中である。
 意識不明のアイツらを見て、俺はすぐに病院を飛び出した。相手に死んだと思わせているが、いつバレてもおかしくない。今襲われれば二人は死んでしまう。それに…許せなかった。善人とは言い難いが、それでも関係のないマフィアに半殺しにされる筋合いはないのだから。
 あぁ、と思った。怒りで周りが見えなくなるなんてプロ失格だ。ましてやその勢いのまま相手を殺し尽くすだなんて。もしルパン達が目を覚ましたとしても…もう仲間ではいられない。
「俺を捕まえて死刑にしてくれよ、銭形」
「何だと」
「今回のは故意の復讐劇だ。マフィアの首領達を全員殺して、無関係だったかも知れねえ下っ端連中まで巻き込んじまった」
 だから、殺してくれよ、俺を。それは自分の声とは思えない程に弱り切ったものだった。銭形は俺をジッと見つめると、そのまま手首をその大きな手で掴んだ。
「来い」
「ワッパはかけねえのか?」
「逃げる意思のない奴に使ってやることほどの無駄があるものか」
 そのままズンズンと歩いていく銭形に、俺は覚束ない足取りで付いて行った。外には警官隊なんていなくて、ただ一台のパトカーがポツンとあるだけだった。



「降りろ」
「…ここ、ムショじゃねぇぞ」
「いいから降りろと言っとるんだ!」
 着いたのは安そうなアパートだった。不二子なら文句を言いそうだと考えて、自嘲気味に笑う。死を決意してなおアイツらのことを考えてしまうのか、俺は。
 手首を掴まれ、連れて行かれる。ある一室に放り込まれると、そのままヒョイっと持ち上げられた。
「は!?おい、どういうつもりだ」
「そのままじゃ部屋が汚れるだろう。少しは我慢しろ」
 そのまま風呂場へと直行し、ぼんやりと座っていれば帽子を取られた。血で固まりペリペリと音がする。
 ジャケットを脱げば、お気に入りの青いシャツは紫色へと変わってしまっていた。紫は好きなので、案外いいかも知れない。
「流すぞ」
「えっ…ぶわ!」
 上からザンザンとお湯をかけられ、慌てて目を閉じる。俺は何をされているのだろうかと首を捻った。このまま刑務所へ行って、一人死ぬつもりだったのに。
 全身に被った血がお湯で溶け、風呂場の床が赤く染まっていく。
「自分でシャンプーは出来るな?ちゃんと綺麗にしてから出てこい」
 そう言い残して、銭形は出て行ってしまった。俺は呆然とその姿を見送って、しばらくの間動けなかった。
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