短編集

□呼び声
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「………」
 ぱちり、と目を開ける。映ったのは真っ白な天井と吊り下げられた点滴だった。
 口元には酸素マスクが付けられており、目一杯息を吸うとピリッと胸に痛みが走った。思わず手に力を入れれば、ふにゅりと何かを握り締める感覚。
(………?…五ヱ門?)
 それは五ヱ門の手だった。当の本人は手の動きで次元が起きた事に気がつくとハッと顔を上げ、こちらをマジマジと見つめてくる。
「…おはよう、次元。調子はどうだ?」
 答えようにもマスクが邪魔で話せそうになかった。丁度医者の問診が回ってきて、体の調子を見ると酸素マスクは外された。ようやく堅苦しさがなくなりほっと息を吐く。
「お"…んん"っげほっ」
「なっ大丈夫か?水を持ってくるか?」
「大丈夫だ、ちと喉が乾燥してただけだよ」
 それでも心配だ、と小走りで五ヱ門が水を汲んで持ってきた。好意を無碍にするわけにもいかず、何より普通に喉が渇いていたのでぐいっと飲み干す。冷たい水が喉を通る感触が気持ちいい。
「っはぁ…ありがとさん」
「うむ。お前が寝込んで今日で6日目だ。ルパンが心配していたぞ、あと少し遅れれば死んでいたと」
「そうかい、そりゃ悪かったな」
 後でルパンにも謝っておくか、なんて考えていると、ふと五ヱ門の視線が気になった。どこか不安そうな瞳の下には、濃い隈が出来てしまっている。
「…よく眠れたか?魘されておったぞ」
「魘されてた?…あぁー、なるほどな。まぁちゃんと眠れたよ」
 妙な夢は見たが、と付け足せば興味があるのか教えて欲しいと言いたげな目でじっと見つめてくる。五ヱ門は目で語ることが多いので圧が強くて少し困る。
「大したことねぇ夢さ。今まで殺した奴がこっちに来いと手招きしてたぜ」
「ついて行かなかっただろうな」
「行こうかとも思ったんだよ。けど反対側であまりにも必死にお前らが俺を呼ぶから…今回も結局そっちに行っちまった」
 毎度毎度死にかけるたびにご苦労なこった、と苦笑すれば、五ヱ門はようやく安心したのか表情を綻ばせた。眠そうな様子に耐えかね、ゆっくりと体を起こすと窓枠に掴まり立ち上がる。
「何処かへ行くのか」
「トイレだトイレ。あと煙草を吸いたいんでな」
「内臓のだめぇじが大きいから酒も煙草も禁止だとルパンが言っていたぞ。あと病院内は全面禁煙だ」
「ゲェッマジかよ。ならしゃあねぇな…ちと散歩してくっから、お前さんそのベッドで寝ていいぜ。疲れてるだろ?」
 ちょい、と指をさせば五ヱ門は目を丸くした。ほら早く寝な、と優しく促してやればおずおずとベッドへと潜り込んでいく。
「次元」
「ん?なんだ」
「このような場所では寝付けぬ」
「あーはいはい、トイレから戻ったら見張りとして側に居てやっからちゃんと休め。目ぇ閉じるだけでもいいから、な?」
 うむ、と小さく返事をしたのを聞いてからトイレへ向かう。ちゃっちゃと用を済ませて戻れば、未だ寝付けていない五ヱ門が落ち着かない様子でゴロゴロと体勢を変えていた。
「お前さん落ち着きねぇなぁ…」
「!次元」
「休めって。さてはお前さん、俺のために寝てなかったんだろ?隈やばいぞ」
 ちょん、と目の下をつついてやれば、そのままその手を握られた。ん?と首をかしげると、そのままぎゅっと握り締められる。
「駄目か?」
「…構わんが左にしてくれ。右手はあけておきたいんだ」
「相分かった」
 手を入れ替えてやれば、ぎゅっと握りしめてそのまま安心したように眠ってしまった。子どもか、と思わず笑みを零し、ふと夢の内容を思い出す。
 真っ暗な闇の中、聞き覚えのある声が何人も重なって次元に迫ってきた。お前に生きる価値はない、早く死ねと。あぁその通りだ、お前らはそう思うだろうなと納得してしまった。俺が殺し、もっと続くはずだった人生を無理やり幕切れにされたのだから。
 俺は人の命を奪いすぎた。こんなにも幸せになる権利はない。
 けれどあの時。そちらへ一歩踏み出そうとした瞬間、声が響いたのだ。耳に馴染む、俺よりも少し高めのバリトンの声が。
『次元が死んで悲しむ人間が、少なくともここに1人いる』
 あぁ、戻らねば。と思った。どれだけの奴に恨まれようとあの2人が戻ってきて欲しいと願うのならば俺はそちらへは行けないのだ。悪いな、と心の中で謝って、暗闇の中必死にルパンと五ヱ門の待つ場所を目指して走り続けた。時折、こっちだと教えてくれるかのように手が握られ、誘導された。
 きっとあの声もあの手も、五ヱ門のものだったのだろう。
「…ありがとうな」
 起きている時には言えないであろう感謝を、小さく唇にのせた。五ヱ門は斬鉄剣を抱えたまま、安心した表情ですやすやと眠っているのだった。

 その後次元が作戦中に無茶をしたのがバレてルパンに大目玉を喰らうのだが、それはまた、別のお話。


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