短編集

□砕けた硝子細工
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 静かにそう問われれば、思わず掴んでいた椅子をそのまま振り上げた。次元の目が驚きに見開かれる。
「なっ」
「貴方に何が分かるのよ!!」
 その叫びと共に椅子を振り下ろす。慌ててソファから転がり落ち、ガシャンとバーボンの入ったグラスが割れて飛び散った。
「不二子、」
「満足した?人の心を見え透いた様な事言って相手が言葉に詰まれば嘲笑って。バッカみたい」
 いつもならこんな弱音を吐いたりはしない。他人の前では隙を見せたりした事はなかった。常に限界まで気を張っているから。
 この女嫌いの彼に問われたことはずっと胸に秘めて殺し続けていた本心だった。ギ、と唇を噛み、彼をひたすらに睨みつける。
「どうせ貴方には分からないわよ…ルパンとのゲームは楽しいわ。それは本心。けどね、」
 私だって、
 私だって、女の子なのよ。その言葉は掠れて、上手く形にならなかった。次元の耳はどうやら的確に聞き取った様で、つぃ、と目を細めて私を見つめる。
「そりゃ最初はカモの1人に過ぎなかったわよ。ずっとそうであるべきだって、分かっていたし。けど、……」
 気づいてしまったのだ。今まで男共にとって特別だった私は、彼にとっては『大勢いる女の中で、ちょっと親密な程度の存在』でしかない、と。
「なんでもよかったわ。嫌われるんなら、それでも構わなかった」
 いっそ嫌われて、ルパン三世に恨まれる女なんて称号を手に入れられればどれだけ幸福だっただろうか。唯一ルパンに嫌われている女になれたのなら、どんなに嬉しかったのだろうか。
「彼は私を嫌ってはくれない。私だけを愛してくれることも、一生ない」
 彼が私を好きだと言うのは、私が彼に靡かないからだ。どんなに愛を囁かれようと、どんなに素晴らしい宝物をプレゼントされようと絆されはしない、から。
 ただ、それだけ。
「私が、…私はただ、」
「もういい、俺が悪かった」
 ぼそりと低い声に止められて、反射的に顔を上げた。話しているのは私ばかりで彼は一言も話さなくなっていたことにようやく気がつき、再度唇を噛む。
 敵地に潜入続きで疲れていたのだろうか、とどこか他人事の様にそう思った。
「何よ、せっかく気が向いたから話してあげたのに」
 揶揄う様にそう言えば、後味が悪そうに顔を顰める。ルパンが帰ってくる前に掃除をした方がいいんじゃないと促せば、小さく舌打ちをしてから立ち上がってホウキとチリトリを持って戻ってきた。
「…羨ましいわ。貴方はルパンの相棒で、五ヱ門は彼の懐刀だもの」
 束縛されるのは嫌だけれど、とクスリと笑みを零す。彼は黙々とひたすらに床を掃き、拭いていく。残っているバーボンの瓶にそのまま口をつけると、そのままコクリと飲み込んだ。焼ける様な熱さが喉を痛めつけ、ケホ、と小さく咳をした。
「…俺がアイツの相棒で、五ヱ門は懐刀か。良いように考えたもんだ」
「違うの?」
「いいや、違わねぇよ。ただお前さんが思っているような良い関係じゃねぇがな」
 はっ、と鼻で笑い目を伏せる。俺は逃げられねぇのさ、五ヱ門は違うかもしれねぇがな、とどこか慈しむような色を滲ませてそう呟いた。
「そういや、なんでお前が不満なのか結局分からず仕舞いだ」
「は?いや、今散々話したじゃないの」
「だから、お前はルパンの唯一の何かになりたいんだろ?」
「え、えぇ…そうだけど」
「ルパンの女、って言われて俺が思い浮かべるのは不二子なんだが、それじゃ駄目なのか」
 思わずパチパチ、と目を瞬く。呆れたように次元はため息を吐くと、掃除が終わったのか道具を置いた。
「恐らく五ヱ門やとっつぁんだってそう答えると思うが」
「でも…」
「ルパンがお前さんを手に入れたら、それは他の女と一緒で嫌なんだろう?それなら周りに『不二子はルパンの女だ』って思われるのが丁度いい落とし所なんじゃねぇのか」
 …そう、なのかもしれない。けれどどこか気持ちが釈然としなくて、言い訳の出来ない子どものように押し黙った。
 ぽすぽす、とささくれた手で頭を撫でられる。は?と顔を上げれば、いつもの彼とは思えないような笑顔で私を見つめていた。そのまま手に持っていたバーボンの瓶を取り上げられる。
「たまぁにだったら愚痴くらい聞いてやるよ」
 思わず目を見開いて固まる。誰がアンタなんかに!と怒れば、はいはい悪ぅござんした、とヒラヒラと手を振った。
「全く、ほんとデリカシーのない男。嫌いよアンタなんか」
「へーへー、俺もお前さんが嫌いだよ」
 それでいいのだ。私と次元はお互い嫌い同士な位が丁度いい。
 遠くからルパンの足音が聞こえてくる。私は彼に甘い声をかけ、次元はソファの定位置へと戻った。
 いつも通りでちょっと違う日々がまた、今日もつらつらと流れていくのだった。


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