短編集

□住む世界が違うということ
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 久々の日本は気持ち良いほどの晴天だった。タバコを吸うために公園へと移動し、胸ポケットを漁る。取り出した煙草にジッポで火をつけようとしたその時だった。
「パパ〜!」
 聞こえてきた声にガクッと次元の体から力が抜けた。振り返れば遥か後方の方から走ってくる小さな影が見える。
 逃げようかと思って、やめた。今は足がない、彼はエンジンのついたスケボーを持っているのだから無駄な労力を使うよりは今話した方がマシだろう。
「パパって呼ぶなと言わなかったか?」
「えー、別にいいじゃない。今日は何しにきたの?また泥棒のお仕事?」
「誰がんな事正直に言うかってんだ」
 スタスタと大股で歩いて行ってしまう。慌ててコナンは後ろを追いかけると、その足にぎゅっと抱きついた。
「あ?おい坊主、俺は今忙し」
「うぇええええん!!捨てないでパパぁああ!!」
「なっ!?」
 大声でそう泣き真似すれば、一斉に冷たい視線が次元とコナンへと集まった。次元は大慌てでコナンを抱き上げると、よーちよち、と慰めるフリをする。
「お前さん覚えとけよ」
「パパが子どもを一人で置いていこうとするのが悪いんじゃない?」
「なぁにが子ども、だ。もう高校生だろうが」
 ま、高校生もガキか、と諦めたように溜息を吐く。そんな様子をジッと見て、やっぱり根はいい奴なんだよなぁとコナンは満足げにシシッと笑った。

「で?何しにきたのー?」
「それは教えねぇよ。ま、そのうちすぐ分かるこった」
 また予告状を出すのかと驚けば、アイツは目立つのが好きだからなと次元はバーボンを一気に煽った。自分用にと出されたオレンジジュースをチビチビと飲みつつ、コナンは横目で次元を見る。
「じゃあ、次は僕がちゃんと捕まえてあげるね」
「ハッ無理だな。経験が足りなさすぎる」
 嘲笑うようにそう言われて、コナンはムッと顔をしかめた。こう見えても、目の前で何故か次々起こる殺人事件を解決に導いてきた自負がある。
「そういやお前さん、死神とか言われてるらしいな?お前のいるとこで殺人が起こるとか何とか…」
「バーロ、んなの迷信に決まってんだろ…ってあー!あの時捨てたって言ってたメモじゃねぇか!」
「トイレが近いのは医者に診てもらったか?」
「ちげぇっての!!」
 コイツ…!とコナンが不機嫌そうに眉を寄せたのを見て、次元は愉快そうに笑った。死神ねぇ、とどこか遠い目をしながら彼はおかわりを注文する。
「俺もこないだルパンに言われたな、お前に女が絡むと相手が無事だった試しがねぇと」
「アンタの方がよっぽど死神じゃねぇか…」
「そうかもなァ。実際、一部で死神と謳われた時期はあったよ」
 だからあんまり深入りするなよ、坊主。見えない一線を間に引かれ、ムッとする。どうやらどこまでも子供扱いらしい。
「17歳って言ったら、海外ではもう大人だろ?」
「ほぉん?お前さんが17歳、には見えねぇなぁお坊ちゃん」
 ピシ、とオデコにデコピンをされ、あいたぁ!と思わず声が出た。ふん、と次元は顔を前へと戻し、また一気にバーボンを煽る。
「危ねぇ目に遭っても、俺ぁ知らねえぞ」
「なぁに、心配してくれてるの、パパ?」
「パパと呼ぶな。ったく…」
 背伸びは程々にしとけ、と代金をテーブルに置くと次元は立ち上がり、店を出て行ってしまう。慌てて残ったオレンジジュースを置いたまま、コナンは走って彼の背中を追ったのだった。
 しかし店から出ても、もう既に彼の姿はない。まるで雑踏に溶け込むようにして、小さなコナンの視界から消えてしまったのだ。
「…クッソ、相変わらず逃げ足速いな」
 この町にいるということは、十中八九狙っているお宝は今度展示される『ローズストーン』だろう。あの大粒のルビーは、確か時価3億は下らない代物だったはずだ。
「…調べてみるか」
 頭に深入りするなよ、とどこか優しい声色で言っていたローバリトンが蘇ったが、フルフルと首を振って掻き消した。事件解決のためにもう動こうと、コナンはその小さな足で街の中を走り出したのだった。
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