短編集

□無音の夜
1ページ/3ページ

「どうやら俺ぁ、お前らみたいな有象無象に弱いと思われていたみたいだな」
 カツン、と広々としたアジト内に固い靴跡が響いた。つい先ほどまで話し声の絶えなかったそのマフィアの本拠地は、靴音ひとつ遮らない程に静まり返っている。
「大丈夫だ、そう思う気持ちも分かるさ。確かに俺の相棒のルパンは強い。五ヱ門なんか規格外だ。不二子の強さはまた別枠だが、それでも一種の強さだということには変わりないだろう?」
 薬莢が6つ、バラバラと床へ散らばる。全身血塗れになった彼は、ゆっくりとした足取りで最奥へと向かっていく。
「だからこそ、アンタらは俺達を殺して名声をあげよう、と企んだ訳だ。それぞれの弱点やら行動パターンやらを調べ上げ、剰えICPOにある銭形の機密調査書まで手を出してな」
 帽子でほとんど隠れたその下、ゆったりと口元だけが弧を描いていた。スピードローダーでガシャン、と一気に装填を済ませると、そのまま段の天辺にあるひとつの椅子を見上げた。
「お前さんは今までの敵よりだいぶ賢かったな。この裏世界でのし上がりてぇなら、下克上が一番手っ取り早い。世界的に名の知れた相手ならば尚更だ」
「何故だ…何故お前は生きている!?」
 椅子に座っていたマフィアの首領が真っ青な顔で震えている。まるで蛇に睨まれた蛙みたいだと笑みが深くなる。
「あぁ、焦るだろうな。確かにお前は自分の部下達から報告を聞いていたんだ、『ルパンを殺しました!』『五ヱ門を始末しました!』『峰不二子も終わりました!』…そして、『次元大介を殺しました!』と」
 一言一句、声色すら間違っていないだろう?と男は笑う。まるで目の前の怯えた彼を嘲るように、小馬鹿にするように。
「まさか…まさか!!嘘だ、ありえない」
「事実、俺はお前の目の前に立ってる。いい加減現実を見た方がいいんじゃねぇか?」
 全身に血を吸い重たそうに一歩ずつ階段を登っていく。浮かんだ笑みは一度も消えることなく、まるで張り付いたように存在していた。
「知らねえだろ、ルパンはな、ああ見えて意外と人情派なんだ」
 カツン、と一段上へとあがる。
「五ヱ門はそっけないように見えて仲間想いな一面があったりしてな?」
 また一段、登っていく。
「不二子も傲慢な奴だが、案外面倒見のいい部分があったりするんだ」
 カツン、最後の一段を登った。目の前の男は可哀想にカタカタと震えながら、彼に向かって銃を放つ。揺れる手じゃロクに照準は定まらず、僅かに頬を掠るだけだった。
「俺ぁそんなアイツらを結構気に入ってんだ。それを傷つけられて、お前らをのうのうと生きさせはしないと思う程度にはな」
 全く馬鹿だ、大馬鹿者だと愉快そうに笑う。天窓から満月の光が差し込み、サァッと深く被った帽子の下を晒した。
 黒い、深く深く、そこの見えない暗闇を閉じ込めたようなその瞳。
「ぁ…あ」
「5つのマフィアで手を組んで、俺以外はそれぞれの弱点を突いたんだろ?」
 ガオン、とマグナムが火を噴く。男の右足から血が吹き出し、汚い悲鳴が響き渡った。
「不二子を金で釣り、ルパンを誘き出して抵抗できないように殺す」
 もう一発。左足のふくらはぎへ沿うように縦に銃弾を撃ち込めば、奴の足が爆ぜて骨が剥き出しになった。
「五ヱ門はそこらの嬢ちゃんを人質に取りゃあいい、なんなら仲間の娘でも使えば無力化は容易だっただろうな。大した抵抗もされずに殺せただろう」
 腹に一発。致命傷にはならないが、的確に肝臓のあたりを狙って。
「不二子は戦闘力が高すぎる訳じゃねぇから楽だっただろうな。ただの男でも数人がかりなら簡単に捕まえられる。あとは息の根を止めるだけ」
 依然、彼は微笑んだままだった。それは喜びでも愉快さでもなく、ただドス黒い感情をひた隠しにするための仮面に過ぎない。
「お前の唯一のミスは俺に物量作戦で挑んできたことだ。大した手練れも混ぜずに雑兵ばかりを寄越して力押しでどうにかしようとしたのが間違いだったんだよ」
 まるで感情のない平坦な声に、恐怖で体の震えが止まらない。何を考えているのか、何が目的なのか全く読むことができなかった。
「油断してたんだろ?特段重要視する必要もない、ただ銃が得意なだけの男だと。1人ならば取るに足らないのだと」
 眉間に愛銃のマグナムを押し付ける。助けてくれと囁いたそいつに、男…次元大介は、にっこりと微笑んだ。
「悪かった、謝る、何でもするから命だけは、命だけは…!!」
「その必要はねぇさ。俺も悪かったなぁ勘違いさせて」
 その言葉に、涙でグシャグシャのマフィアの首領の顔が喜びに緩んだ。


「俺がどういう男なのか、体に直接教えてやるよ」


 一瞬で希望は絶望へと塗り変わり、ガオン、と一発の銃声が鳴り響く。
 ガシャンと銃を落とす音が響き、一切の音は闇夜の中へと消え去った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ