短編集

□信頼する背中
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 気がつけば、辺りはシンと静まり返っていた。あれだけ絶え間なく繰り返された爆発音や兵士達の怒声は聞こえず、死んだ町は無音のまま動く気配はなかった。
 姿は見ていないが気配はある。後ろの五ヱ門は無事だろう。使い慣れないスナイパーライフルを下ろし、建物の残骸へと腰かけた。
「ルパンと逸れちまったな」
「…あぁ」
 煙草の箱を取り出し、火をつける。スゥ、と吸えば程よい重みにゆっくりと気持ちが和らいでいく。
「まさかこのような事態になるとはな」
「…そうだな。お宝持ってそのまま高飛びできる予定だったってのに、とんだ災難だ」
 独裁政権を強いているとある国の政府が貯め込んだお宝を狙って忍び込んだはいいものの、盗み終わった途端に市民による内乱が始まってしまったのだ。元いた政府の建物は跡形もなく崩れ去り、民間人対国軍の戦争が始まった。
 数は多くとも一般人対軍人では話にならない。兵力差も大きく、結局反旗を翻した本人達は地に伏せ還らぬ人となったようだった。
「…革命は失敗、ってか」
「そうでもなかろう。ルパンがちゃんと盗み出しておれば、もう政府に財力はない」
 それもそうだな、と紫煙をふわりと吐き出した。もう奴らに独裁政権を維持できるほどの強みはない。恐らくこれから少しずつだが、民主的な国へとなっていくだろう。
「こんな代償を払ってでも得なきゃいけないもんかね、それは」
 俺はつい吐き捨てるようにそう言った。地面には軍人、武装した一般人に混ざってスラムの子供や武装していない市民までいた。相手軍に悟られぬように、避難指示を出さなかったのだろう。もし革命軍が勝ったとして、関係のない人間を巻き込んだ挙句どのツラを下げて民主主義の国を作るなどとほざく気だったのか。
 ジクジクと流れ弾で負傷した腕が熱を持ち、思考を蝕む。利き腕をやられるなんて、俺もヤキが回ったものだと自嘲気味な笑みを浮かべた。
 あぁ、やはり戦場は好きになれない。濃すぎる硝煙と血の匂いに、耳にこびりついたように残っている数多くの断末魔に、まるで自分の存在を塗り潰されてしまうような錯覚に陥る。命の危機に過敏になった神経は余計な感覚までひとつ残らず拾い上げてしまうのだ。
 例えそれを、俺が望んでいなかったとしても。
「…次元」
「なんだ?」
 目だけを彼の方へと向ければ、そいつはまっすぐに前を見つめていた。こちらの方を見ることなく、しかしどこか迷いのある様子で口を開く。
「帰ったら美味い酒でも呑まないか」
 ふ、と笑みが溢れた。
 どうやら人付き合いの不器用な五ヱ門なりに、自分の事を心配してくれたようだ。吸いかけの煙草を踏み消すと、そのまま瓦礫の上からゆっくりと立ち上がった。
「んじゃ、ルパンを探しに行くか。あいつ抜きで楽しもうもんなら後が面倒くさそうだ」
「ふっ、だろうな」
 軽く笑みを交わし、互いの背を預け戦場を去っていく。ふと鼻先を掠めたのは、かすかな線香の匂いだった。
 ルパンは国境付近で車を用意し俺達の事を待っていた。不二子もどうやら無事らしく、こちらを見てヒラヒラと手を振っている。
「やだ、次元あなた怪我してるじゃない。ヤキが回ったんじゃないの?」
「ハッ勝手に言ってろ。あんな内乱に巻き込まれて擦り傷で済んだんだ、上出来な方だろ」
 俺が助手席にに乗り込むなり、不二子は俺の腕の怪我に気がつくと憎まれ口を叩きながらも汚れた包帯を取った。素直に優しくするのが滅法下手な女だという事は分かっていたので、こちらも口悪く言い返しつつ好きにさせた。器用に治療していく様子に心の中でだけ感心する。もちろん口には出さないが。
「あーっ次元ちゃんったらズルいじゃないの俺を差し置いて不二子ちゃんとイチャイチャしちゃってぇ」
「してねぇよ。ルパン、結局あのお宝はどうしたんだ?」
「気球に取り付けて飛ばしてやったのよ。今頃国境は越えたんじゃねぇかな?」
 お疲れさん、と帽子を目深に押し付けられ、ぎゃっと小さく声を漏らした。何のつもりだとルパンを見やれば、どこか優しい笑みを浮かべている。
「疲れてっだろ?怪我もしてるし。何かあれば起こしてやっから休んでいいぜ」
 つまり、怪我人は寝てろという事だろう。お言葉に甘えて、と深々とシートに腰を沈め、そのまま静かに目を伏せた。
「そういえば、五ヱ門ちゃんと2人行動だったんけ?」
「そうだ。帰ったら酒盛りをしようと約束した」
「あら、楽しそうじゃない。私も混ざっていい?」
 聴き慣れた耳障りのいい声が鼓膜をくすぐる。スン、と軽く鼻を動かせば、先程の五ヱ門の匂いと混ざってジタンやメンソールの香りが微かに感じられた。何故かそれに酷く安心して、そのままゆったりと微睡の中へと落ちていくのだった。
 もう二度と、あの空気に塗りつぶされる事はないだろう。
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