短編集

□沈黙
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 ふと、意識が浮上した。
 五ヱ門は何度かパチパチと目を瞬くと、微かに首を動かした。それだけで身体中に痛みが走り、思わず動きを止めて元の体勢へと戻る。
 視界に映るのは見慣れた天井と、いくつかの点滴だった。どうやら自分の部屋に寝かされているらしい。目だけを動かして周りを見れば、ドアの開く音がぼんやりと聞こえた。
「!起きたか、五ヱ門。具合はどうだ?」
 ルパンが顔を覗き込むようにして目の前に現れる。大丈夫だと言おうとした声は掠れ、ケホ、と咳が出た。全ての音が濁って聞こえ、耳がイカれているようだと五ヱ門は顔を顰めた。
「3日ぶりに目ぇ覚ましたんだ、そりゃ話せないわな。とりあえず起き上がらせるぞ」
 ピ、とルパンがリモコンを操作すればベッドごと静かに体勢が起こされる。い"っ、と引きつった声が出たものの、楽に寄り掛かれる角度で止まったそれに安堵の息を吐いた。
 ルパンがそっと水の入ったストロー付きのコップを口元に持ってきたので、それを咥えてゆっくりと飲み込む。渇いた喉が潤う感覚が気持ちよく、目を細めた。
「…3日も寝込んでおったか」
「そりゃあもう気持ちよさそうにスーヤスヤ寝てたよ。何があったかは覚えてるか?」
「あぁ。…ローズとウルフの2人組に捕らえられていたのだろう?」
 拙者はまだまだ未熟者なようだ、と思わず呻いた。今度怪我が治ればまた修行に行かねばと決意を新たにする。
 そんな五ヱ門の様子を見てルパンは真面目な奴だと苦笑し、もう中身のなくなりそうな点滴の針をそっと抜いた。
「ま、ゆっくり休みなさいよ。めぼしいお宝も今んとこないしな」
「…次元は?」
「アイツは買い出し。今日の朝で丁度食いもんがなくなったのよ、五ヱ門が起きた時のためにジャポニカ米買ってくるっつってたから遠くまで行ってるかもなー」
 米、と聞くと分かりやすく五ヱ門の目が輝いた。ちゃんとした米は久しぶりだと微かに口元に笑みが浮かぶ。怪我はまだまだ痛々しく体の至る所に残っているものの、体力はちゃんと回復したようだ。
 ふと五ヱ門はルパンを見つめた。突然見つめられ首を傾げてみせれば、彼は小さく口を開く。
「…もし」
「うん」
「もしも捕らえられたのが次元だったのならば、奴はどうしたのだろうか」
「あらぁ、もしかして帰り道のアレ気にしてるんけ?」
 揶揄うように尋ねれば、そうではない、と五ヱ門は不機嫌そうに眉を潜めた。むしろ逆だ、と目線を落とす。
「次元がお主の弱点を喋る訳がない、それは理解している。そうではなくてだな…」
「『次元の方が五ヱ門より体力はないが頭は切れる、あの状況をどうやって切り抜けるのか興味がある』…か?」
 続けられた言葉に目を開いてルパンを見れば、悪戯っ子のようにんふふと笑ってこちらを見ていた。手玉に取られたような気分になり、む、と口を噤む。
「それは次元ちゃん本人に聞いた方がいいんでないの?」
「次元が素直に言ってくれるとは思えんが」
「俺様も同感ー」
 ま、いつか分かる日が来るでしょ、とルパンは軽い調子でそう言った。五ヱ門もそれは否定しなかった。元よりルパンと組んでいる時点で、そういったリスクは承知の上である。
「…それにしても帰ってくんの遅ぇな、アイツ」
 ポツリと彼がそう呟いた瞬間、ビーッビーッ!とけたたましい音が鳴り響いた。五ヱ門は思わず耳を押さえ、ぐ、と苦痛の表情を浮かべる。ルパンが部屋から飛び出していくと、音はすぐに止まった。
 戻ってきたルパンは手にモニターを持っていた。そこに映った赤い点は、徐々に自分達から離れていく。
「…今更だけんども、どう考えてもさっきの会話はフラグだったよなぁ」
 ルパンは苦笑しながらそう言い、少し出かけると五ヱ門を見た。
「…拙者も行く」
「駄目だ。我慢しろって、お土産買ってきてあげっから」
 ふざけた調子でむに、と頬を引っ張られれば五ヱ門は不満そうに口を曲げた。そんな顔しても駄目、とルパンはキッパリと断り、そっと耳を触る。
「怪我も酷いし耳も治ってねぇっだろ?五ヱ門ちゃんが仲間想いなのはすっごく分かるけどよ、そんな状態のお前が助けに行ったら次元が申し訳なさで落ち込んじまわぁ」
「…、……確かに」
「だろ?ま、今回は俺様だけでもだーいじょうぶ。任しときなさいってぇ」
 じゃあいってきまーす、とルパンはあっという間に出て行ってしまった。ぽつんと1人残された五ヱ門は、ぼんやりと考える。
「…帰ってきたら、ルパンに話を聞かせて貰えば良いか」
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