短編集

□幼い憧れと甘いキス
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「んもう、ほんと腹立つわあのデブ親父!」
 プンプン、という擬音がつきそうな様子で怒っているのは峰不二子だった。急にアジトへ押しかけてきた彼女に次元は微かに帽子をあげて姿を目で捉える。
「まーた金持ち引っ掛けて遊んでんのか。危ない目に遭っても知らねぇぞ」
「やぁね、これも仕事のうちなの。誰が好き好んであんな奴に擦り寄るのよ」
 はぁ、とため息を吐いた不二子は相当参っているようだった。胸ポケットから煙草を取り出すとそのまま口にちょんっと咥える。
「ったく、ルパンを揶揄ってストレス発散しようと思ってたのにこんな時に限っていないし。散々だわ」
「アイツはお前さんのサンドバッグじゃねぇぞ」
「分かってるわよ、一々揚げ足取らないで」
 その後ポケットを漁りバッグの中身も一通り見たところで、顔を顰めて不機嫌さが一段階増した。スパー、と煙草の紫煙を燻らせながら次元がそちらを一瞥する。
「どうした?」
「…何でもないわよ」
「何でもねぇならさっさとその棒っきれに火を付けたらどうだ?」
 図星だったようで、ギ、と不二子がこちらを睨みつけた。どうやら本当に心に余裕がなさそうだ、ザマァみろとへらりと笑えばこちらへツカツカと歩いてくる。
「何だよ、ライターなら貸さねぇぞ」
「誰がアンタのライターなんか借りるもんですか」
 そのままソファに座っている次元に覆い被さるようにして不二子が上から彼を見る。そのままツィ、と顔を近づけると彼の吸っている煙草に自身の煙草をそっと触れた。
 ジジ、と鈍い音を立てて彼女の煙草に火が灯る。
「…おい」
「何よ?アンタのライターには触ってないじゃない」
 今度は次元が不機嫌になる番だった。クソ、と小さく舌打ちすると、不二子が上から退いてからゆっくりと体を起こす。
「この行為の意味を知らねぇ訳じゃねぇだろ、気色悪りぃな」
「ただちょっと火を借りただけじゃない。それとも何、まさかシガーキス如きでワーワー言うほどお子ちゃまだったの?」
 ンのクソ女、と悪態をついても当の本人は悠々と笑っているだけである。何を言っても無駄な事を悟り、ハァ、と溜息を吐いた。
「何を言い争っておるのだ、お主達」
 ふと響いたバリトンに2人で同時に振り返った。気がつけば部屋の隅には五ヱ門が座っており、怪訝な顔で2人を見つめている。
「お前さんいつからそこに…」
「火を貸すのに何か意味があるのか」
「いや、大した意味はねぇが…」
「けれどお主は先ほど意味を知らぬわけではないだろうと不二子に怒っていたではないか」
「もしかして羨ましいの?」
 不二子が妖艶に笑えば、五ヱ門は微かに表情を険しくした。馬鹿にされたのだと思ったらしい。
「これはね、大事なお友達ですって意味があんのよ。私と次元じゃお友達ってガラでもないでしょ?」
「なるほど、だから怒っていたのか」
「…ま、そんなとこだ」
 不二子の良い具合の誤魔化し方に、次元も便乗することにした。不二子と間接キスをしたとバレるよりよっぽどいい。
「拙者もしたい」
「……は?」
「ん?」
「だから、それをやってみたいと言っている」
 しまった、と次元は心の中で頭を抱えた。妙なところで好奇心が旺盛で仲間を大切に思っている彼にとって、興味を惹かれるものだったらしい。
「けどお前さん、煙草吸えないだろ」
「いいじゃないの、私のなら軽めだしお試しで吸ってみたら?」
 不二子が五ヱ門の口に煙草を咥えさせると、そのまま自分の火を分けてやるようにくっつけた。ジ、と五ヱ門の煙草にも小さく火が灯る。
「…これはどうすれば…?」
「吸ってみろ」
 スゥ、と息を吸い込み、次の瞬間ゲホッゴホッ!!と盛大に咳き込んだ。中々止まらないようでゴホゴホと体を揺らす彼の背中を仕方なくさすってやる。
「五ヱ門には煙草が合わないみたいね。苦手ならやめておいた方がいいわ、健康を害すものだし」
 不二子はそう言うとチビた自分の煙草を灰皿へと押し付け、そのまま五ヱ門の手から煙草を取り上げた。
「…そうか、拙者には向いていないのか」
 どこか残念そうな彼をみて、次元はふっと息を吐き出した。
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