短編集

□呼び声
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「…よかった」
 ふぅ、といつも飄々とした笑みを浮かべているルパンにしては珍しくずっと張り詰めていた息を吐き出した。
 ルパンと五ヱ門が見つめる先、ガラス越しには彼らの仲間である次元が横たわっていた。今回の作戦中に胸に弾丸を受け、緊急手術をする事になったのである。幸い肺は傷ついていなかったものの、内臓はやられたようで呼吸が安定せず酸素マスクを付けたままであった。
 先程まで不安定だった容態が、ようやく落ち着いたらしい。もう大丈夫かと思いますと駆け込んだ闇医者のおじいさんはそう言い、ルパンは席を立った。
「んじゃ、ちょいと手術費払ってくるわ。五ヱ門はどーする?先にアジトに帰るか?」
「いや…先生。次元の近くで寝ることは可能ですか」
「えっ?いやぁ可能だけれど、ベッドの空きはないですよ?貴方も怪我人ですし安静に…」
「床があれば十分です。というわけだ、今日は拙者はここに泊まる。敵に場所がバレんとも限らんからな」
 そっか、りょーかいと軽く返事をしてルパンと先生がいなくなる。どうやら次元は病室へ運ばれるようで、ガラガラと担架で運ばれていく彼の後を五ヱ門は付いて行った。
「毛布でも持ってきましょうか?冬ですし床は冷えますよ」
「いえ、お構いなく」
 顔を見て微かに頬を赤らめながらそう言ってきた看護婦に首を傾げつつ、五ヱ門は丁重にお断りした。
 どうせ今日は、寝ている暇などあるはずもないのだ。



 深夜2時半、草木も眠る丑満時。
 ピクリと五ヱ門の眉が動いた。静かに目を開ければ、真っ暗な病室の中でボンヤリと光る人影が何人も何人も浮かび上がる。
 見たことのある顔もいくつか見える。ストーンマンに、確かクレイジーマッシュだったか?ラッツとかいう男の執事もいる。見覚えはあっても因縁があるのは次元なので、名前は少し怪しいが。
 パッと見たところ三十人ほどだろうか。中には女も何人かいたが、その殆どは男だった。きっと過去に次元に殺された者達だろう。
 弱り切って起きることすら出来ない次元を見て各々嬉しそうな笑みを浮かべると、普通の人には聞こえないのをいい事に好き勝手なことを喋っていく。

 早く死ね
 お前に殺されたのだから
 こっちへ来い
 お前に幸せになる権利などあるものか
 この人殺しめ
 さぁ早くこっちへ来い
 早く
 早く!!

 口々にそう言っては嘲笑う。室内の温度がその陰気に共鳴するように下がり、部屋がみるみるうちに冷えていく。穏やかだった次元の顔が苦痛に歪み、微かに心電図の音が揺らいだ。悪夢でも見ているのか、うぅ、ぐ、と酸素マスク越しに声が漏れ聞こえてくる。
 そのうちの1人が手を伸ばした。青白いその指先が向かうのは、彼の晒された首筋だ。
『往生際の悪い…お前がいなくなったとして、誰が悲しむものか!』

 霊が次元に触れようとした瞬間、五ヱ門は動いた。目にも止まらぬ速さで斬鉄剣を抜き、スパン!と霊の腕を切断する。
『ああぁあ"!?ない、どうして、腕が!』
「…この男を失って悲しむ者は、少なくとも1人ここに居る」
 静かな声は確かな怒りを孕んでいた。ようやく幽霊達は五ヱ門を認識したようで、呆然と斬られた霊の腕を見つめる。本来攻撃など効かない彼の腕は、すっぱりとなくなり再生すらしそうになかった。
 日々修行を重ねた五ヱ門にとって、その徳と神気は人よりずっと高められ、あの世のものですら切り捨てられるようになっていた。「再度死ぬ」恐怖に怯えたように、数人の霊が音もなく消えていく。
 五ヱ門は、珍しく怒りにその体を震わせていた。何が人殺しだ、何が幸せになる権利はないだ!
「拙者は知っておる。こうして次元が倒れた時に襲ってくる輩はロクな奴がおらんとな」
 彼の殺し屋としての過去、本当になんの罪もなく次元に殺された恨みのみで成仏できない霊は、既に五ヱ門がしっかりと成仏させたのだ。こうやって弱った時集まってくるのは大抵の場合次元を罠に嵌めて殺そうとしたり次元を利用しルパンを陥れようとしたり、卑怯な手を使うものばかりだった。
 つまりは性根が腐っている奴らしか、この場にはいないのである。
「死にたい奴から来い…全員叩っ斬ってくれるわ!」
 月の光を浴びて鈍く光る斬鉄剣を構え五ヱ門は霊達を睨み据えた。その迫力に瞬く間に霊は散り、玉砕覚悟で突っ込んだ者は全身を切り刻まれて霧散する。
 ようやく静かになった病室は、緩やかに元の空気へと戻っていく。病院という場所自体が陰気を溜め込みやすいから今回はいつもよりだいぶ霊が多かったな、なんて呑気に考えていた。
「…次元。すまない、寒かっただろう」
 陰気に当てられ顔色が悪くなってしまった彼の冷えた手をぎゅっと握りしめて温めてやる。規則正しい心電図の音を耳にしながら、そのまま警戒は解かずに目を伏せるのだった。
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