短編集

□砕けた硝子細工
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「はぁい…あら、ルパンは留守?」
 ガチャン、とノックもなくドアが開かれれば、見慣れた赤いジャケットはそこにはいなかった。ただ昼下がりの猫の様に、だるんとソファに横たわる黒い影がひとつ見えるだけだ。
「何しにきやがった、またルパンを誑かしにか?」
 寝ているのかと思いきや、そうではなかったようだ。もぞりと黒い影は蠢き、ゆっくりと上体を起こした。相変わらず帽子に隠れて目元は見えず、何を考えているのかよく分からない。
「あらやだ、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。私はいつでも強い人の味方なのよ」
 ふふ、と笑ってみせればいかにも不機嫌そうに口元が歪んだ。怒ってるの?なんて小首を傾げてみる。そいつはふん、と首を背けると、ふと疑問に思ったようにこちらを振り返った。
「お前さんよぉ」
「ん?なぁに」
「ルパンに何をして欲しいんだ?」
 ぐ、と言葉に詰まる。あの男に何をして欲しいか?そんな事決まっているのだ。けれど、この男が聞きたいのがそういう事でないということは分かっていた。
「…決まってるじゃない。私は彼にお目当の宝石やお金を取ってきて欲しいだけよ」
「違うだろ」
「は?」
「俺はお前が気に入らねぇ。お前が何度もルパンを騙したってことも勿論あるが、そもそもお前の行動原理が分からねぇからだ」
 く、と帽子を少し上げて滅多に晒さないその目と自分の目があった。真っ黒なその目は、まるで暗闇の様に光を映してはいなかった。
「金や宝石が欲しいのは分かる。ルパンが騙されると分かってるのにお前さんのオネダリを断らんのはそれも含めて一種のゲームとして楽しんでるからだ。だが…」
 苛立ちに目を細める。椅子の方へと歩きつつ、何が言いたいのとそう問えば、彼は愉快そうに口の端を僅かに上げた。
「ゲームを楽しみたいんなら難題を奴に与えるだけでいい。宝石や金が欲しいならアイツが確実にクリアできる盤面を作ってやればいいだけだ。
なのに何故お前はルパンを殺そうとする?あまつさえ、敵に協力したり自身を囮にしてまでも、だ」
「………、…」
 何がしたいんだ、不二子?ローバリトンの滑らかな音は二人で居るには広々とした部屋に虚しく響いた。座ろうと手をかけていた椅子を、ギリッと握り締めた。
 どうして。
 どうしてコイツに先に気づかれてしまったんだろう。一番自分に興味のなかったはずの、コイツに。
「アイツが好きならお前ならすぐにでも落とせるはずだ。気に入らないならば直接手を下した方がチャンスは多い。何が望みだ?…いや、」

 何がずっと『欲しい』んだ?不二子。
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