短編集

□みんなの苦手で嫌なことep
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 不二子ちゃんが回復するのは早かった。夜中にフラッシュバックで飛び起き震えていることはあるものの、概ね元通りになるまで三日ほど。
 俺達は死んだことになっていると伝えれば賢い彼女はすぐに状況を理解して、なら私も暫くここに居させてもらうわと目を伏せた。五ヱ門や次元の様子を見たからかもしれない。なんだかんだ甘いんだ、アイツは。
 五ヱ門は回復するまでだいぶかかった。なんせ爪は一枚も残っておらず、足の骨折もひどい有様だった。元通り歩けるようになったのが奇跡だと思うくらい、骨が砕けて散っていたから。耳の方だって耳鳴りが酷く、暫くはロクに寝ることもできずに苦しんでいたものだ。
 だいぶかかった、とはいえまだ全快ではない。三ヶ月経ったいまでも体の節々は痛んでいるようだし、杖も取れてはいなかった。回復に向かってはいるものの、あと少し時間がかかりそうだ。
 そして、問題の奴のことなのだが。

 帰ってきてアイツが目を覚ました初日、早くも心を折られかけた。
「誰だ」
 そんなこと言ってベッド脇に置いておいたマグナムを手に取り、こちらへ向けてきたのだ。慌ててハンズアップし、警戒させないように笑みを浮かべながらそっと近づく。
「俺の名前はルパーン三世。自分の名前は思い出せるか?」
「…次元……だいすけ」
「ごめいとーう。今お前さんは薬打たれて記憶が曖昧なんだ、少しずつ思い出していこうな」
 そう言って頭を撫でれば、戸惑いながらも抵抗はされなかった。顔に表情がよく出ている所を見るに、どうやら精神年齢が後退しているようだった。年齢を聞けば10歳だという。その年から銃の扱い方をマスターしているとは恐れ入ったものだ。もしかしたら、体に染み付いていた癖で動いただけなのかもしれないが。
 次元が目を覚ましてから、記憶を取り戻すためにいろんなことをやった。銃の組み立てもさせたし、不二子や五ヱ門にも会わせてやった。
 不二子のことを見るなり
「綺麗なねーちゃんだな。オッサンのおんなか?」
 なーんて一丁前な口を聞いてきたり、
 五ヱ門に会わせてみれば
「侍?サムライって絶滅したんじゃなかったのか」
 なーんて言って五ヱ門を怒らせかけたり。とにかく大変だった。しかし、なによりも大変だったのはそんな事ではなかったのだ。
 とある日の、昼下がりのことだった。
 食事を持って寝室へ来てみれば、次元は胸元を握りしめて悶絶していたのだ。慌てて食事を置き、次元の元へと駆け寄った。
「次元っ?おい、次元!!」
「…っぐ、ぁ……」
 額に脂汗を浮かべて、苦しみ続ける。毒に関してはある程度解毒剤で抜けたものの、大量に投与された自白剤やら麻薬やらは抜くのに相当な時間がかかる。それが抜けきらない限り、次元は元には戻らない。
「大丈夫だ、大丈夫…」
「……っぃ…い"……ッ」
「…?」
 何かを、ブツブツと言っているような気がした。そっと耳を口元に寄せ、集中する。
「…るぱ、…の、………は、…ぃわないッ…!」
 思わず目を丸くした。いつもの状態なら、次元は俺のことをオッサンと呼んでいたから。
 気がついてしまったのだ。こいつは、禁断症状に苛まれながら、未だあの城の最上階に囚われて、苦しみ続けているんだと。
「んだよ次元…おめぇ、あの時さっさと言って楽になりてぇって言ってたじゃねぇか」
 そもそも俺に弱点なんてないから、言おうにもきっと言えないだろうけど。
 そんなこんなで、麻薬の禁断症状で苦しんでいる間だけは元の相棒に戻るのである。全く意地悪な話だ、元の相棒に戻っている間、アイツは体が裂けるような痛みに耐えるのに必死でこちらを認識する余裕なんてなかった。
 一度だけこっちを見て俺をまっすぐ瞳に映したことがあったが。
 あろうことか、あいつは俺を認識した瞬間、ふと嬉しそうな笑みを浮かべてそのまま気絶してしまったのである。
 そんなに安心するツラなのか?俺のツラは。それなら、なぁ。次元。
「…早く戻ってこい、相棒。寂しいじゃねぇのよ、なぁ?」
 そんなことを言いながら、眠っているそいつの鼻をちょんっとつついてやるのだった。
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