短編集

□みんなの苦手で嫌なこと2
1ページ/2ページ

「………む?」
 妙な気配にピクリと眉を動かす。人里離れた山奥、静かに滝に打たれていた五ヱ門はふと目を開けて人の気配のする方へと目をやった。
「あらまぁ…先客の方がいらっしゃったのですね」
 そう言って近づいて来たのは、何とも色気のある女だった。顔は不二子の方が良いが、素朴で人の良さそうな女であった。
「…何者だ」
「酷い言い草ですこと…わたくしの方が聞きたいのです。ここは、私の父が亡くなった場所でしたから供養にきているのですよ…貴方は何故ここに?」
 手に持った花束を見るに、本当のことなのだろう。そんなゆかりのある滝だとは知らず我が物顔で使ってしまった、と慌てて岸へと歩を進める。
「すまなかった。そのような場所だとは知らず…!」
「いいのです。それに…父も喜んでいると思います。あの人も、侍の成れの果てのような人でした。古風な喋り方に、凛とした出で立ちが…そっくりで……」
 ぽろ、と女が涙を流した。すみません、思い出してしまって…と顔を隠すように両手で覆った。
「…今日の詫びに、何か拙者に出来ることはござらんか」
「……そんな、…では、私のことを抱きしめては下さりませんか」
 予想外の返答に目を丸くする。父がよくやってくれたのです、と悲しそうに目尻を下げて笑う彼女は、月明かりに照らされ美しく輝いていた。
「そんなことでよいのなら、構わんが…」
「…ありがとうございます……」
 そっと女が寄り添ってくる。まだ服を着ていない、と止めようとするも、何故か止めることができなかった。彼女の雰囲気がそうさせたのか、はたまた自分が未熟だからか。
 ぎゅ、と抱きしめられ、彼女の着物がジワジワと濡れていくのが分かった。
「…ふふ、貴方は冷たくて気持ちいいですね」
「…滝に打たれていたのだから、致し方あるまい……」
「そうですよね…本当に、可愛らしいお方」
 ドスッ、と鈍い音が響く。首筋に何かを刺された、と気がついた時にはもう遅かった。
 斬鉄剣は着物と一緒に置いてあり、どれだけ手を伸ばしても届きそうにない。
「っ貴様……謀った、な…!!」
「ふふ、お馬鹿で本当に可愛らしいわ」
 醜い笑みを浮かべた彼女の顔がぐるぐると回り、あっという間に視界が暗転していった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ