苛めたい位君が好き
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「ああ、やっぱり擦りむいちゃってるね」
「でも大した事ないですし…」
「大した事なくても消毒は必要だよ。ほら、手を出して」
「すみません」
幸村に医務室へ連れて来られた名無しさんは、擦ってしまった手の平を真剣な表情で見据える幸村に対し、休憩時間を割かせてしまって申し訳ないという気持ちで一杯になっていた。
そんな名無しさんに気が付いたのか、幸村は大丈夫だというように笑って見せたあと、僅かに血が出てしまっている手の平に消毒液をかけた。
「…っ…」
「痛い?」
「い…痛くないです」
「そうなの?ならもっと消毒液かけて大丈夫そうだね」
「え」
「それから、強く擦っても大丈夫だよね。痛くないんだから」
「ううっ…」
「ふふ、冗談だよ。俺がそんな事するように見える?」
「見え…」
「ますとか言わないよね、まさか」
「…はい」
どうして自分がそう見えると言うと分かったのだろうか。
それに、幸村はこんな性格だったかと思いながら名無しさんは困ったような表情を浮かべた。
しかし、言葉とは裏腹に目の前で自分が痛くないようにと優しく処置をしてくれる幸村を悪く思える筈がなかった。
先程の事は気のせいに違いない。
いや、そういう事にしておこう。
名無しさんがそう1人で納得していると、手当てが終わったのか、幸村が自分の手を離したので名無しさんは笑みを浮かべながら頭を下げた。
「ありがとうございます、精市君」
「大丈夫だよ。ねえ、名無しさん」
「はい」
「ドジなのは仕方ないとしてもさっきのはいただけないな」
「え?」
「だから、無防備過ぎるって言ってるの。そんなんじゃ合宿終わるまでに無事でいられないよ」
「あの、無事とは一体…」
「それに眼鏡は外れないようにしておかないと。あんまり見せちゃうのもどうかと思うし」
「は、はあ…そうでしょうか」
何を言われているのか分からないというような表情を浮かべる名無しさんに、幸村は呆れたような視線を向けた。
この子は本当に分からないのだろうか。
先程転んだ時や眼鏡を外した時などのあの部員達の態度や視線の意味を。
面白くて鈍臭くてダサい女の子から、1人の女の子として意識をし、 名無しさんをそういう対象として見始めている事に本当に気が付かないのか。
あれ程あからさまだというのに、どうやら名無しさんは見た目だけでなく中身も鈍いらしい。
幸村は溜め息を吐き出し、名無しさんの手を再び持ち上げ甲に唇を寄せた。
「せっ…精市君!?」
「簡単にこういう事されちゃうから気を付けなよって意味だよ。そんな顔してるとこれよりもっと凄い事されちゃうからそういうのも気を付けて。いいね」
「は…はい」
言っている側から頬を赤くし、瞳を潤ませる名無しさんに幸村は全く分かっていないなと思いながら思わず苦笑してしまった。
まあいい。
少なくとも氷帝の部員達はどうやら名無しさんに関して過保護なようだし、自分だって常に目を見張らせておくつもりだし、いざという時は助けてやれるだろう。
幸村は、全く自分も名無しさんには甘いなと思いながらも口元に笑みを浮かべた。
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