family

□不意打ちの
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『ゆづ...』



る、と続けようとして止めた。


外ではヒラヒラと桜の花びらが舞っていて。
開け放した窓からは廊下を通して風が吹き込んできていて、春の柔らかな香りがほんのりと漂う。

そんな春の穏やかな季節を感じさせる雰囲気の中、
彼、結弦はリビングのグレーのセンターラグ上に寝転がっていた。


...寝転がっていた、というか、これは



『(...寝てる)』



そっとリビングに入って近付くと、
案の定瞳は閉じられていてその胸はゆっくりと上下していた。

手には読みかけの雑誌が器用にしっかりと持たれたままだ。


...最近はハードなトレーニングをして追い込んでるって言ってたっけ、

まだお昼前なのに寝ちゃうなんて、よっぽど疲労が溜まってたんだな...

ブランケットを掛けてあげようと思い手に持って。

そっとその場に膝をついて、なんとなく寝顔を覗き込んでみた、



『(わ......)』



いつもより穏やかで、
当たり前だけれど眉間に皺もない。

すやすやと無防備に眠る結弦。

なんとなく夜の寝顔より幼く見えるのは気のせいだろうか...

こんな姿が見られるのも、私だけの特権なんだよね。...気持ち良さげなその姿が幼い子供のように見えて、たまらず胸がキュンと締め付けられた。



『......ふふ』



それがなんだか微笑ましくて、不覚にも笑顔が溢れてしまった。


涼しい、けれども穏やかな春の風が彼の黒髪をさらさらと揺らす。

その風に倣って、
彼の髪を指先でそっと梳いた。

男性にしては細い髪が、指の隙間を滑って少しくすぐったい。


......撫でる手を止めずに、身を乗り出して改めて顔を覗き込んだ。


(もっと寝顔を拝借したくて。なんて、不純な動機かな)


薄く開かれたくちびるに、


閉じられた瞳と睫、


少しだけ肌蹴たシャツからは、程良く筋肉のついた逞しい胸板が見える。

片膝を立てる形で寝転がっているから、裾がめくれて男らしい踝が露わになっている。



...あ、....れ...?


......なん、か...


.........なぜ、だろう


.........理由もなく、恥ずかしくなってきてしまった。


(......ダメだダメだ......!!)


慌てて顔を離す。



...一瞬。


...一瞬だけ、...変な気分になりそうになった、


...なんて。


......絶っ対に気のせいだ......!!



...いや、でも



もう一度、...これは確認だ。



...恐る恐るちらりと結弦を見た。



「...ん......っ、」


『!!』



なんとも色っぽい声を漏らしながら、結弦が顔の向きを変えた。



ちょ...!


だ、だめだよ!


かぁぁあ、と何故か熱くなる頬をなんとか冷やそうと両手を当てた。


なに!


......なんで私、こんなにドキドキしているんだろう。


ただ寝てるだけじゃん!


春の陽気のせいでおかしくなっているのかな......なんて。そんなはずは無い。


(だ、だって...なんか)


......なんか


《今日の結弦は色気ありすぎ!!》


いや。違う。ありすぎというか、



......ダダ漏れだ!!!



とりあえず私は不純な思考を掻き消すように頭をぶんぶん振った。


普段ならあり得ない方向へと脳内がシフトチェンジしていく。


なんで今更結弦に対して変な気分にならなきゃいけないの...!!


......ムラムラしなきゃいけないのよ!!


眠っている結弦を見て...不覚にも欲情するだなんて、


実にはしたない......


いや別にはしたなくは無いのか...?


......ていうか変態??


......ゲスの極み??


(...私って、こんな奴だったっけ?うわー、引くー、ドン引きだよー...)



...とは思っていても。

ガヤガヤとうるさい脳内と反するように私の体は素直に動いて。

我慢出来ずにまた結弦の顔を覗き込んでいた...


(...うーん)


実に逸れた思考の私の脳内とは裏腹に


(...安心しきった顔してるなぁ...)



そっと、

無意識のうちに顔を近付けていた。



...ダメ、やめなよ。


......なにやってるの?



なんてふしだらなことをしているんだろう、私。


その為の準備。
髪を耳にかけて


心ではわかっていても
体は全く言うことを聞かない。


結弦の寝顔を見て


制御が効かない



(あ)


ダメ......!




結弦の唇と私のそれが重なるまで
距離にしてあと10p


でも、やはり悪いことはできないもので、それまで開かれる気配のなかった瞳が。


私の目と鼻の先でゆっくりと開かれた。



『!!』



その瞬間に我に返って、こんな状況をどうするべきか真っ白になった頭で瞬時に考える。


(...やば!どうしよう!!)


そして、彼がぼんやりした表情のまま
ゆっくりと口を開いた。



『ゴミが!』

「...え?」

『...ゴミが、ついてたから...』



(咄嗟に出た言い訳)


流石に無理あり過ぎ...!?


心臓がドクドクと苦しいほどに高鳴って、そのせいで上手く次の言葉が出ない。


(間が怖い...どうしよう!!)




「......ゴミ?」



むく、と起き上がった結弦は右目をコシコシと擦りながら、それでも訝しげに私を見る。

私は慌てて笑顔を作って口を開いた。



『....そ、そう!ゴミが付いてたから、取ってあげようと思って』

「...ふーん」



意外と疑われていない!焦って考えた割にはナイス判断だ...ゴミ回答!

結弦が「うっかり寝落ちしちゃったなぁ」と言っているうちに。たまらず彼に背を向けた。



...それにしても、危なかった...!



一気に上がった体温を冷ます為に、右手で自分をパタパタ扇ぐ。


クールダウンだ。クールダウン...!


パタパタと手を動かしながら必死に動悸を鎮めていると、ふいに後ろから結弦に肩を掴まれた。



(...え。...何!?)



恐る恐る。そっと振り向く。


......すると、


何故かそこには。

悪戯っぽい笑みを浮かべている結弦がいて。



「ねえ」

『...』

「...ほんとのこと言えば?」

『え』

「人の寝込みを襲うとか」

『!』

「大体だね」

『いや、えっと...』




......バレてる...!!


もう見事にバレている...!!


それなのに「ゴミが付いてたから」なんて嘘言って......


(どうしよう....!!穴があったら入りたいなんて!まさにこの事だ...!!)



『ごめ...そんなつもりじゃ...』

「ま、俺は大歓迎だけど」

『え、...んむ...っ!?』



何が!?と問う前にその口を覆うように結弦の唇が降ってきた。


ぬる、とすぐに舌が入ってきて


その感触に背筋ゾクゾクと何かが走り抜けた。



『ん、んんっ...んぅ、』

「...ん......」



(なんで)

(...どうして、こんなことになってるの......?)

角度を変えながら繰り返す口付けの中で、ドサッと音がした。



驚いて目を開けると。


さっきとは形勢逆転。


私を床に押し倒した結弦は、名残惜しそうに唇を離して。ニヤッと笑う。



......この顔は。


......悪戯に火がついた。


......悪い顔だ。



「こういう事、したかったんでしょ?」

『え...』

「違う?」

『いや...えっと』

「違っても、やめてあげないけど」

『え......っ、ちょ、待っ...!!』




彼に全面降伏


まったく。

俺の寝込みを襲うなんて、100年早いんだよ。

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