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□イヤホン
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音楽は彼にとってなくてはならない大切なモノだ。
エネルギー、調和、闘志、癒し、
時には高められて、時には流されて、
様々な作用で、音楽がもたらす力は偉大だ。


...ところで



今、彼は何を聴いているの?



リビングのソファにうつ伏せになってリラックスモードでS-styleを読んでいる。切れ長の瞳から向けられる視線を辿れば、長町特集の見開きページ。

自慢じゃないが私は目が良い。視力は裸眼で2.0だ。そのおかげで、少し離れた場所からでも結弦の読んでいる雑誌の内容まで見えてしまう。

別に盗み見てる訳ではない。そんな事する理由もないし、そこまでする程その雑誌に興味も無い。ただ視界に入っている彼の視線にあるから自然とそこに目が行っているだけだ。


...えーと、何なに


どうやら長町に意識高い系ラーメン店が先月オープンしたらしい。
おススメは帆立出汁ベースの塩。細麺。

ふーん。そうなんだ。

結弦さん、そんな記事見てどうするの?

行く気あるの?無いでしょ?

そもそも無理でしょ?



ああ。...ただ見てるだけか



それもそのはず。結弦の耳にはもはや彼のトレードマークと言われるようになった白いイヤホン。


彼にだけ聴こえている音。


リズムに乗って首を小さく上下させている。音漏れはしない。


今日は何を聴いているんだろう。


ロックにポップス、洋楽やヒップホップなど、結弦の聴く音楽のジャンルは様々。多種多様。


それでいて、今日の結弦はどんな気分?どんなテンション?


シーズンでは無いし、当たり前だけど試合や大会が近くに控えている訳でも無い。ということは、気分が上がる曲...ではないんじゃないかな?

えー、だからといってバラードの気分でもなさそうだな...

推測ができない...

...かと言って、パクパクとリズムに合わせて動いている口の動きにジッと目を凝らして見ても...


(......うーん。わからない......)


私には読唇術の技術は無い。当たり前だ。


(...あ、ノリがゆっくりになった、サビの前?)

(と思ったらまた少し激しくなった、...Bメロ終わり?)


結弦のリズムや口の動きに集中する。ここまでくると、当ててみたい。最初はただの興味本位だったけど、今は私の中で難解クイズへと変貌を遂げた。


《クイズ 羽生結弦は今なにを聴いているでしょうか?》


ヒントは無し。彼の動くリズムからメロディーを想像し、唇の動きから歌詞を見出せ。

シンキングタイムは残り1分。



早く...早く...



「何?」

『!』



突然の出題者からの問いかけ。予想外の出来事に思わずビクッと肩が動いてしまった。



「さっきから何?」

『え』

「人の顔、じーっと見て」

『...いや』



そりゃあそうだよね...。いくら雑誌を見ながら音楽を聴いていたとはいえ、あんなに(客観的に見たら)ガン見されたら気付くよね。


あーあ。タイムオーバーだ、残念。

彼の両耳には依然としてイヤホンが付いたまま。だったら、少し大きめの声で話した方がいいのかな。



『何聴いてるのかなぁと思って』

「今?」

『うん、勝手に考えて当てようとしてた』

「えらい難しくない?」

『結弦のリズムの取り方とか、口の動きとかで』

「へー、わかったの?」

『全然』

「だろうね、当てられたら逆に怖いわ」



長町特集のページをパタリと閉じ、ちょいちょいと手招きされる。

これはきっと、答え合わせの時間ってことだよね。...て、結局合わせる答えなんて一つも出ていないんだけど...

ノロノロと彼の側へ移動し顔を近づける。ここでもまだ音漏れは無い。さすが高性能イヤホンだ。その実力はただものではない。



「ほら」

『...ん』



阿吽の呼吸で髪を耳にかける。結弦の手が左耳のイヤホンを外して、それが私の右耳へと嵌められる。

今さっきまで結弦の左耳へ流れていた音が、今度は私の右耳に流れ出す。



(.........!!!)



「わかる?」

『......わかる、...けど』



それは、少し懐かしい曲だった。アップテンポなリズムが心地よくて、少し後ろ向きな歌詞がなんとも言えない切なさで、昔よく聴いていた。


(......だけど)



「ステレオ音源はLとRで違う音が鳴ってるから」

『...うん。聴きにくい』

「右がギターで、左がベース」

『せっかくのバックナンバーが』

「お、正解ー」



答えは直ぐにわかった。大好きな曲だし、だからこそしっかりと聴きたい。
もちろん一人ででは無く、二人で一緒に...



『iPhoneかして』

「何すんの?」

『モノラル音源に変換するから』

「どうぞ」



設定→一般→アクセシビリティ→視聴サポート→モノラルオーディオ→オン

すると同時に、心地良い音楽と歌声が私の右耳に流れ出す。

もちろん結弦の左耳にも...

それが無性に嬉しくなって、思わず歌い出したくなる。



『にーどとーなにーひーとーつあきーらめーなーいー』

「もう一度すきにーならざるを得ーないような人にー」



あれ?よく考えたら、あえてイヤホンをシェアしなくても、普通に流せばいいんじゃない?iPhoneなんだし。



『スーパースターになったーらー』

「迎えにー行くーよーきっとー」



交互に歌い合う。サビに入ったところでふとそんな事を思ってしまった。



「音痴」

『そっちこそ』



一連の流れに耐え切れず二人で笑い合う。まぁ、いいか。

イヤホンも二人で半分こ。聴こえてくる音楽も二人で半分こ。奏でるハーモニーも二人で半分こ。

ヘタクソって笑い合うのも半分こ。



『僕を待ってなんていなくたってー迷惑だとー言われてもー』

「もういいって!」

『なんでよー!』

「世界観壊れる」

『ひどーい!』



二人の耳に同じメロディー


貴方の方に少し頭を傾けて

たまにはいいよね。一緒に聴く人がいたって。

あ、歌うのは別かな




(4〜5年くらい前に、この曲が好きだと言っていたのを思い出しました。akiも好きで未だによく聴いたりします←無駄情報!スーパースターになったら)

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