嘘ばっかり

□グッド・モーニング
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本格的な秋。透き通った朝の空気が肌を突き刺すように変わる。
夢から覚めて、いや、まだ全然覚めていない。ぼんやりとした思考の中で意識を持とうとするけど、やっぱりまだ眠い。

なんの夢を見ていたのか、思い出そうとしても思い出せないのはよくある事で。
思い出す価値もないほどに、特に意味のない内容だった気もする。
毎朝の冷え込みに備えて、先日新しく買った厚手の毛布が非常に心地好い。
ふわふわとした感触が素肌に触れるたびに身体からマイナスイオンが出ているような、そんな癒し効果を発揮している。



「...んー」

『...ねむい』

「...いまなんじ?」

『...わかんない』



閉じたカーテンの隙間から澄み切った朝の陽射しが入り込んで、隣でモゾモゾと目を擦っている彼を容赦なく刺激する。
普段は明瞭な滑舌がスローモーションに稼働して、寝起きの声が妙に可愛く感じるのは「情」があるからなのかな。

(...ああ、でもほんとにねむたいなぁ)

お互いに目を開けるのも面倒で。
時間を確認する行為なんてさらに無謀なことだ。なんて、私達すごいダメ人間。
貴重な時間、予定の無い時間、息だけしてる時間、重ねる時間、育む時間、今は全てがゆっくりと流れている。それもいいよね、たまには。



「...もう朝かぁ」

『...朝だねぇ』

「...ねむい」

『...ねむいねぇ』

「......」

『...おはよー』

「...んー」



だって明日にはこの時間も終わる。
こんなダラけた時間はお預け。
大事だから怠けていたい。
噛み締めていたい。
もっとダメ人間になりたい。

たじろぐ度に布の擦れる音が優しく耳に触れる、長年の感覚を頼りに目を閉じたままで向かい合って、布団の中に潜り込んで、陽だまりのような優しい香りに包まれる。枕元のスマホを探すのは今日はやめておこう。



溶けるような幸福感を感じていたい。



目を閉じていると当たり前だけど感覚だけ。結弦の呼吸、吐息が顔にかかる。
覚醒仕切っていないそのリズムがたまらなく愛おしくて、回らない頭でも不随意に頬が緩んでしまう。

この空気感に包まれて、

二度寝しようかなぁ、どうしようかなぁ

でもやっぱりその前に、(触れたい)



『...結弦』

「...んー」



少しだけ気合いを入れて重い瞼をゆっくりと開けると、目の前には気の抜けた呼吸を繰り返す穏やかな表情。

一晩の間に癖がついたのであろう、ところどころ跳ねた髪にそっと手を伸ばしてみる。頬に触れている黒髪を耳にかけてあげて、先程よりも露わになった顔をジッと見つめる。


...変わったよなぁ、

(...大人になったよなぁ、)


結弦も、私も、

これから進む時間と道筋と、揺れ動く感情と不安と葛藤が私たちには常に付きまとっているけど。
不調和な生活の中で情緒不安定になるのは当たり前で、それでも何度でも乗り越えていけるのは、きっと今みたいな時間が積み重なっているからだと思う。

それは確かな真実で。

...まぁ、たまにはお互いに理不尽に怒ったり泣いたりもするけど。大人になったというのはそういうことでは無くて、もっと広い意味で分かり合えるようになったとか、なんとなく曖昧な、そういう面のこと。



『...結弦』

「......」

『ゆーづーる』

「......」



返事がなくても全然大丈夫。だって分かるから、耳に届いているならそれで大丈夫。結弦は寝ている訳では無いし、タヌキ寝入りをしている訳でも無いし、ただ単純に返事をするのを面倒くさがっているだけ。そんな適当な行動だって、寝起きの状態では何でも許してあげるから。

心中を少しだけ察して、まだ気怠さの残る自分の上半身を静かに起こして。

彼の白い頬に口付けを落とす。

ほんの一瞬のこの時間。

緊張もしない、恥ずかしさもない、だけど珍しい、なぜか無性にしたくなった、遠慮することもない。そんな行動。



「......」

『......』

「...なに?」

『...ん?』

「...くすぐったいよ」

『...そう?』



ゆっくりと切れ長の瞳が開く。
眠気まなこなその表情、心なしかわずかに微笑んでいるような、そんな微妙な表情が胸に届く。また伝えたいな「おはよう」って。

再度隣に頭を沈めて、もう一度向き合ってみる。
目と目を合わせて無言の時間がのんびりと流れているけど、陽の光が私たちを照らしているけど、それでもやっぱりお互いにまだ眠い。
触れたい欲求はまだあるのに、その手段として言葉を使うのが億劫なのだ。

思考がぼんやりしていると躊躇することも無い。馬鹿みたいに理由もなく甘えたくなる。いや、理由は確実にあるんだろうけど、それも言葉にするのが面倒くさいから。だったら触れる行為で楽に示していこう。その方がいいや。



『......』

「......」



もぞもぞと最小限のカロリー消費をしながら結弦の背中に両腕を回す。下になっている右腕が若干いずいけど、あ、ごめんなさい、いずいは宮城の方言。多少の違和感は気にせずに彼の胸元に顔をうずめて目を閉じる。

人間は寝起きの体温が一日の中で一番低いと言うけれど、それは本当なのかな?
じんわりと伝わる慣れ親しんだ温度はいつだって暖かいものだけど、今現在私が感じている温度は、昨夜の温度ともまた一味違う物。

オノマトペを使うとしたら、これはきっと「ぬくぬく」とか。そんな感じかな。

もちろん力強く抱きついたりはしない、というよりも出来ないから。寝起きの身体はあまり力が入らないから。
緩く、それでいてまったりと隙間を埋めて、毛布にくるまって寄り添って。お互いの温度をじわりと浸透させていく。



『......』

「......」



ベッドの上、布団の中で抱き合っていても特に会話は無い。

お互いがお互いの呼吸音を聴くだけ。

ああ、なんて楽な空間。

こうしていると何度だって夢の世界へ戻って行けそうな気がする。そしてしあわせな夢を見れそうな気がする。そしたら今度は覚えておきたいな。忘れないように海馬に焼き付けておかなきゃな。

そんなことを考えていると、

ふいに額に触れる優しい体温、

彼の右手が私の前髪をそっと上げて、



静かに落とされる、お返しのキス。



もう一度瞼を開けるのと同時に、ゆっくりと体勢が変わる。横向きだった身体を反転させて私の上にくる結弦に、背中に添えてある手はまだ離さないでおこう。



「......」

『......』



これからどうするんだろう。

何を想っているんだろう。

触れられたおでこが熱い。

聞くのも面倒だし、聞かなくてもいい、

ただひたすらに、

この体温を離したくない。



「......」

『......』

「...おはよう」

『...おはよう』

「......」

『......』

「...ねむい」

『...うん』

「......」

『......』

「...今日、寒いかな」

『...どうだろう、寒いかもね』

「......」

『......』

「...なにする?」

『...なにしようか?』

「......」

『......』

「...とりあえず、もう一回」

『...ん?』

「......」

『......』

「...もう一回、キスしとく」

『...うん』



寝癖頭のままで触れ合う。50パーセントしか覚醒していない頭で触れ合う。

ぼんやりしていても心地好い。
今度はもっと、ちゃんと見つめ合って。

優しく折り重なる唇、無心で「触れる」そんな動作がなんだか滑稽に思えて、


(...なんでだろう。...不思議だなぁ)


...その分、いや、その何倍も優しい気持ちになれるのは。

啄ばむような軽いキス。少し触れて、少し離れて、だけどゆっくりと味わって呼吸をして、朝はそれぐらいが丁度良い。


柔らかい毛布と柔らかい唇と、

暖かい毛布と暖かい唇と、


充満する愛おしさを陽の光に反射させながら、苦しくならないように酸素を供給する。



「......」

『......』

「...あー、やばいかも」

『...?』

「...なんか、」

『...なに?』

「......」

『......』

「...なんか、シたくなってきたかも、」

『...そうなの?』

「...うん」

『...そっか』

「......」

『......』

「...でも、」

『...?』

「......」

『......』

「...やっぱ、まだ眠いかも」

『...うん』

「......」

『......』

「...どうしようか」

『...うーん』

「......」

『...困ったね』

「...うん」

『......』

「......」

『...ふふ』

「...ふふふ」



クリアな思考が無くても、人は笑える。

だってこんなに馬鹿らしいんだから。
睡魔に勝てないし、本能にも勝てない。
どっちつかずな行動と言葉で曖昧にはぐらかして、だけどそれが「幸せ」で。


こんなくだらないことで笑い合う時間が私たちの日常に確かな「彩り」を与えてくれてる。

普通の、平凡な、

等身大の自分になってさ、

英気を養ってよ、

いつでもこんな時間が作れますように、




「...じゃあさ、」

『...ん?』

「...もうちょっとだけ」

『...うん』

「...もうちょっとだけ、イチャイチャしとく?」

『...そうしようか』

「......」

『......』

「......」

『...眠いでしょ?』

「...うん」

『...ふふふ』

「...ふふ」



ご褒美のような、この空間に確かな陽だまりを。

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