嘘ばっかり
□◎
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「何飲みたい?」
『日本語表記じゃないからよく分かんないよ』
「メニューなんてだいたい一緒だよ」
『じゃあカフェラテ。あとケーキ』
「ケーキは写真載ってる」
『あ、ほんとだ。じゃあ苺タルト』
「ん」
なんということでしょう!!思わずマンマミーア!!と叫びたい所をグッと堪える。
杏奈と顔を見合わせて、無言でうなづき合って再度目線を遠くの二人にフィーチャーする。結弦先輩が悠長な英語で注文して、女性の方は緩く束ねていた髪を解いて手櫛で整えている。
(以下、私たちの会話は小声であることをご了承下さい。)
「えー!もう何〜!?」
「...ちょ、ちょっと!あの人もしかして結弦先輩の彼女!?」
「落ち着いて詩織!まずは落ち着こう!」
「だってこんなことってある!?」
「彼女いるって噂では聞いてたけど...そうなのかなぁ、そうだよね!それ以外考えられないよね!?」
「えー!私たち金メダリストのデート現場を目撃しちゃってるってこと!?」
「嬉しいような悲しいような...!うわ〜!急すぎて頭が追い付かないよ!」
距離もあるし観葉植物も目隠しになっているおかげで、彼らがこちらに気付くことなんて無いに等しいだろうけど、何故か無意識のうちにメニュー表を開いて口元に当てがってしまう。なんだこれ、モニタリング気取りか。
(...だってさ。そうでしょ?)
謎のヴェールに包まれていた結弦先輩の完全プライベートのオフショットなんだから。それを今確実に肉眼で捉えているってのに。しかもしかも噂の彼女と...。そりゃあ嫌でも本能的にガン見しちゃうっての。
(ジーーーーーー)
「どう思う?」
「何が?」
「彼女」
「......」
「......」
「...普通に可愛い人だね」
「うん、絶世の美女って訳では無いけど一般人としては相当レベル高いよ」
「詩織めっちゃ上から目線だね、何様よ」
「髪もキレイだしメイクも似合ってるし、フェミニンなスカートと気張らないトップスの相性もいいし何気に女子力高いと見た」
「一瞬にしてどんだけ見てんのよ、その観察力尊敬するわ」
「ありがと」
「...それにしても、」
「ん?」
「彼女、彼女...ねぇ、」
「ねー、」
「女からしたらさ、すごい人を手に入れたもんよねぇ...」
「いいなぁ、結弦先輩とデートかぁ...」
「そんなこと出来る人がこの世に存在するんだもんね」
「デートだけじゃ無い訳じゃん、彼女なら」
「えー、ちょっとやめてよ」
「それ以上のことだって」
「イチャイチャしてるってことね」
「嘘偽り無く羨ましい」
「いやマジそれな」
人様(しかも大先輩)のデート現場を覗き見するだなんて実に悪趣味だなとは思うけど。
こんな貴重な現場に遭遇して直ぐに帰るだなんて、そんな選択肢は今の私たちには毛頭無い。というかほとんどの人はそうするに決まっているだろう。
もはや数分前に半分だけ飲んだキャラメルマキアートはとっくに冷めてしまっているだろうけど、そんなこと今はどうでもいい。カフェの店長さん、ごめんなさい。
『結弦ここに来るの何回め?』
「んー、3回めくらい」
『そうなんだ、近いのにね』
「炭酸の方が飲みたくなる、コーヒーより」
(...うわぁ...。)
「結弦」って呼んでる。先輩のこと。
彼女なんだから当たり前なんだろうけど、呼び捨てにするとか、彼女ポジションだとそんなことが可能なんだな、とシンプルなやり取りが改めて私たちに衝撃を与える。
(...ていうかこの二人、一体付き合ってどれくらいなんだろうか?)
付き合い始めの絶頂期・ラブラブ感はハッキリ言って全く感じられない。だけども、お互い気の抜けたような会話が自然体で出来ている風には見える。
『そういえば、PARCOにも新しくケーキバイキング出来たんだよ』
「...ふーん」
『仕事終わりに同僚と行って来たんだ、先月チョコレートフェアだったから』
「太るよ?」
『太るのが怖くてバイキング行かないなんてもったいないよ』
「...ふーん」
『無性にケーキが食べたくなる時ってあるんだよね、美味しかったなぁ、特にガトーショコラとザッハトルテ』
「...ふーん」
『また行きたいなぁ、春には苺フェア始まるんだって』
「...ふーん」
おそらく日本での出来事を楽しそうに話しているであろう彼女に対して、等の結弦先輩はというと、興味なさげに頬杖をついてクールな顔で窓の外を眺めている。
(...いいの?そんなんで!!)
「...結弦先輩、意外と話し聞かないね」
「ね、めっちゃ塩対応」
「普段あんな感じなのかな?」
「これ普通の男の人がやってたらなかなか酷い部類だよ」
「ほんと意外だわ」
「倦怠期なのかもよ?」
「そのパターンもあるね」
しかし。彼女の話しをろくに聞いていない理由は直ぐに判明した。
先輩の視線の先を追うように私たちも目を凝らして窓の外を見ると(視力は両目とも2.0)赤と白のピエロの格好をした大道芸人が直ぐそばの路上でジャグリングのパフォーマンスをやっていたからだ。
複数のカラーボールを空中で落とすこと無く俊敏な手捌きでクルクルと回している。
『しかも90分で2200円だったの、これって割とお得だよね』
「...ふーん」
『錦ヶ丘にも新しく出来るみたい、この間お姉ちゃんが言ってた』
「...ふーん」
(...なんとまぁ、久しぶりに会ったであろう彼女との会話よりも何処の誰かも分からない大道芸人を優先して見ているとは。)
まぁ、意外と言っちゃあ意外だけど、そんな所も先輩らしいというか何と言うか...
「先輩、完全に外に意識行ってるよね」
「ね。彼女どうでもいいのかな」
「女の会話って男にとっては8割型どうでもいいって言うもんね」
「どんまい、彼女」
「どんまい」
だけど、そんな私たちの心配をよそに彼女の方も彼女の方でマイペースを貫いている。
先輩が自分の話しをさして聞いていないことに気付いているであろうに、特に気にする様子もなく普通に話し続けている。
いかにも「こんなの当たり前」とでもいうように...
そうこうしているうちに、
(...あ。飲み物とケーキ届いた。)
テーブルに運ばれて来たホットドリンクを彼女が彼の目の前に置いて、自分のカフェラテと苺タルトを真正面に置いてフォークを手に取りマジマジと眺めている。
どうやら写真を撮ったりはしないらしい、なんとなくそこは評価出来る。インスタでデート風景を上げる女の人は苦手だ。
『結弦!美味しそうなのきた!』
「美味しそうなのきたか」
『苺おっきい!カスタード溢れてる!』
「よかったじゃん」
『バターの良い香りもするし』
「それ食べたら苺フェア行かなくて済むね」
『や、それは行くけど』
「だから太るよ」
『じゃあ結弦もコーラやめたら?』
「それはキツいかも」
『でしょ?』
「じゃあ行っていいよ」
『いただきまーす!』
(...いや何なんですか!その会話よ!!)
思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。
先輩、聞いてない様でやっぱり聞いてたの?
それとも興味の無い話しだったから反応しないだけだったのか。それともこの適当な雰囲気がこの二人の普通なんだろうか?
目の前の杏奈も苦笑いを浮かべている。
そしてようやく先輩が目線を窓から彼女の方へ向けてコーヒーを一口。瞬時にゴクリと鳴る男性的な喉仏に思わず見惚れてしまう。ほんと絵になるわ、コーヒーをすする横顔でさえ凛としていて気品がある。
あーあ。そんな彼と向かい合ってケーキを食べれるだなんて、そんな夢のようなことが出来る彼女がいるだなんて。改めて言うけど心の底から羨ましい。
『んー!美味しい、カフェラテと合うね』
「甘すぎない?それ」
『苺の酸味とクリームのバランスが絶妙だから全然くどくないよ』
「ITAGAKIとどっちが旨い?」
『それは究極すぎ!結弦も食べてみて』
そう言ってフォークを皿に戻し、くるりと向きを変えながら彼の目の前にケーキを置く彼女。
そこはカップルの定番のように「あ〜ん」と言って食べさせたりしないんだ。...まぁ、ここが日本じゃ無いと行っても一応公共の場だしね。節度を弁えるのはいいことだよね、なーんて、やっぱり自分ってば何様のつもりなんだろう。
先輩の右手が動いてフォークを持つ。
サクリという音が聞こえて来そうなタルト生地に切れ目を入れて、苺とクリームを落ちないように乗せてカブリ。(可愛い...)
そして。もぐもぐと咀嚼しているその表情は、今まで私が見て来た中で見たことがないくらいに穏やかで、、、
いつも1分1秒も無駄にしないように、何かに追われるかのように、自分の限界に挑みながら練習をしている彼とはまるで正反対で、、、
「あ、旨い」
『でしょ?』
「でも俺はチーズケーキのが好き」
『えー』
ほら。
ふわりと笑い合う二人の空間。そこはガヤガヤと賑わう店内の中でも、まるでそこだけ切り取った様に時間の流れがゆっくりで。
彼女といることで作られる、穏やかな慣れ親しんだ空気感に安心して身を委ねているような、言うならばそんな感じだ。
「結弦先輩のあんな顔、初めて見た」
「同じく」
杏奈も同じこと思ってたみたい。
いくら普段は同じ場所、同じコーチのもとでトレーニングを積んでいるといっても、やっぱりそれ以上でもそれ以下でも無かったんだ。そんなの当たり前だけどさ。彼と同門という事実に僅かながらも優越感を感じていた自分が一気に恥ずかしくなっていく。
遠い存在なのは分かっていたつもり。
素の表情は、こんなにも違うんだから。
(...あーあ。見せ付けられちゃったなぁ。)
なんて、勝手に見てたのはこっちだけど。
「幸せそうだね、先輩」
「うん」
「お似合いだね」
「うん」
「...たぶん、だけどさ」
「うん」
「他の人が、入る隙間なんて...」
「無いね、1ミリも」
「だね」
「私も食べようかなぁ」
「何を?」
「苺タルト」
「いいね、私も食べたい」
「追加注文する?」
「じゃあドリンクももう一杯」
「ホットチョコレートとか」
「いいね」
「え、ちょっと待って」
「ん?」
「...私たちアスリート」
「そうだった」
「身体絞らないといけないんだった」
「そうだった」
「先輩の彼女は一般人だから」
「そう、何食べても自由」
「いくら太っても」
「そう」
「......」
「......」
「......」
「......」
「やっぱ羨ましい」
「それな」
ケーキはお預け
(...チクショー、やっぱり羨ましい。やっぱり彼女ってズルい。)
だけど。先輩のあのリラックスした出で立ち。
新年早々にデート現場を目撃することになるとは思わなかったけど。今後も苦楽を共にするであろう友人と二人で、彼の知られざる一面を垣間見ることが出来たのは、ある意味で、ある意味で良かったのかもしれない。
詩織と杏奈、土俵に立ってもいないけど、立つ気も無いけど、それでも完敗です。