嘘ばっかり
□誕生日会
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2018最後の男子ーズ
「...もうすぐ今年も終わるってのに」
「どうした昌磨?」
「飲み足りないか?」
「トーン変わったね」
「眠くなったか?」
窓の外ではしんしんと降り積もる雪。
十二月半ばのこの時期、クリスマスだとか年の瀬だとか、恋人とデートだとか新年の準備だとか、世間様は例年通り通常運転で、やっぱり師走は早いし忙しいらしい。
シリーズやら大会やらショーやら、俺たちにとってもこの季節は多忙以外の何者でも無い状況なんだけど、大先輩である武良先輩の部屋で今開かれている俺とゆづくんの合同誕生会は「平和」でしか無い。まったりと、のんびりと。
男四人なんだから切らなくてもいいか、という面倒を理由にして「パッピーバースデーゆづ&しょうま」とチョコペンで書かれた見るからに豪華な苺のホールケーキ。
テーブルの真ん中でワイワイと突付きあい、あっという間に半分程ペロリと平らげたところだ。ちなみに結構老舗のお店のケーキらしい。
「それにしてもビールとケーキって」
「すごい組み合わせだよな」
「だってもともとそんなに強くないだろ?お前ら」
「食った後は飲めなくなるから?」
「そうそう」
「でもさ、クラッカーにチーズと蜂蜜のつまみとかあるじゃん?」
「あー、そういう感覚ね」
「で、昌磨なんか言ってなかった?」
「......」
言ってました。言ってましたとも。
遅くなりましたが説明すると、本日何本目か分からないビールを片手に俺の肩に陽気に腕を回してきているのが無良崇人先輩で、その様子をニヤニヤしながらスマホで撮影をし「これインスタ上げていい?」と問い掛けているのが田中刑事くん、そして「あ、なんか泣き上戸の信成サンタは今快速乗ったって」とラインメッセージを読みながらケーキの苺を頬張っているのがご存知の通り、ゆづくんこと羽生結弦。そうか、ということは後数十分後にはここに織田先輩が合流するのか。
(...到着する頃にはもう、先輩のケーキは残って無いだろうな。)
「...いや、今年ももう終わりなのにさ」
「何々?しんみりしてんなぁ」
「反省会は大晦日にすれば?」
「そうそう主役なんだし」
「一応これ誕生会だからね」
「今年も...」
「ん?」
「今年も...」
「何?だいぶ酔ってる?」
「今年も捨てられなかった!!!」
「え」
「卒業できなかった!!!」
「え」
「何?」
「卒業って?」
「だから!どうて「落ち着け!」
「むぐ!」
「先輩ファインプレー!」
「何なんだよ急に」
そうなんです、また卒業目標まで一年繰り越しなんです。毎年毎年この時期になると反省会をやってる気がするけど、もうこれだって通例行事だよ。なんとも言えないモヤモヤを吐き出したくて、苺を食べるゆづくんとは反対に持ち寄ったケンタッキーを手に取り手羽の部分に思い切り齧り付く。
今年もきっと俺は家でオンラインゲームで過ごすロンリークリスマスなんだ。あー切ない。楽しいのに切ないって何なんだろ。
「わーお、肉食〜」
「この食いっぷりがあればねぇ...」
仕方ないのは分かってるよ、そもそも相手がいないんだから。ようはそこまで努力と勉強をしなかった自分が悪いんだから。運も縁も無かったんだろうし、だけど不服に思っている理由はそれだけじゃ無い。
「一希と草太は今夜が勝負って言ってた...」
「え」
「そうなの?」
「何あいつら、いつの間に」
「だから今日誘っても来なかったんだ」
「先輩の誕生会を断ってデートとか!」
「遺憾ですな!」
「気にするなって昌磨!」
「そうだ!あいつらが悪い!」
「いや気にするって!」
そうなのだ。後輩である友野一希と山本草太はきっと今頃彼女と少し早めのクリスマスデートを楽しんでいて。そして予定では今日の夜に無事卒業を迎えるという訳だ。ちなみに只今の時刻PM20:00
カップルにとってはなかなか生々しい時間帯に差し掛かっているだろう。
ああ、肉の脂身が身に沁みる。
後日会った時のアイツらの勝ち誇った顔を想像するとバイオの拳銃で発砲したくなる勢いだ。一発や二発じゃない、もうズタズタに。
「クリスマスデートかぁ」
「少し早めのね」
「イルミネーションでも見に行ってんのかな?」
「刑事は付き合って初めてのクリスマスだろ?デートしないの?」
「今月はお互い予定合わなくて無理っぽいですね」
「なんだ残念だなー、結弦は?」
「人混み苦手だから会うなら家ですね」
「うわ!ベテラン」
「武良先輩は?」
「それ聞くなよー、今コレでコレなんだからさ」
「え、大丈夫なんですか?それ」
両方の人差し指を交差させてバツを作る仕草に少しだけホッとしたのは秘密にしておこう。そうか、彼女と喧嘩中なんだな(一応俺でもこれくらいは分かるようになった)言い終わると同時にぐびぐびと音を立てながら残りを飲み干す武良先輩の上下する喉仏はやはり男らしい。
色気あるわ、色気。もう自分に足りないものをまざまざと見せつけられるような感じだ。ちくしょー、羨ましい...
「何で喧嘩したんですか?」
「あー、それ聞く?」
「だって先輩ってそんな女の子怒らせるようなことする?」
「揉め事とかイメージ無いしな」
「あれだよアレ、キスマーク」
「え?」
「まさか浮気?」
「シャツにキスマーク付けて帰ってきて怒られるパターン?」
「いや違うって、むしろ逆!」
「え」
「逆?」
逆、逆って何だろう。彼女の方が付けてきたということだろうか。それなら確かに喧嘩になりそうだけど。
「俺が付けたキスマークを職場の人に見られて随分からかわれたらしい」
「あー、なるほど」
「しかも上司に」
「うわー、それはキツイかも」
「どこに付けたんですか?」
「この辺に数カ所」
「あー、うなじね」
自らの首の後ろ、うなじ部分を指差しながら説明する武良先輩。うんうんと頷きながら話を聞いているゆづくんと刑事くんを横目に一つの疑問が頭を過ぎる。
え、でもさ。ちょっと待ってよ、
「キスマークって消せるんじゃないの?」
「え」
「だってあれって口紅でしょ?」
よく昼ドラとかであるじゃん。旦那のワイシャツに真っ赤な口紅。まぁ先輩がなぜ口紅を塗っていたのかは知らないけども、消していかない女性の方にも責任はあると思うんだけど違うかな?
「しょ、昌磨」
「キスマークってのは、そういうことしゃないぞ」
「え、」
「がっつり付いたものは完全に消えるのに2〜3日かかるからな」
「は?」
「あれは皮膚を吸うことによって出来る内出血だから」
「えええ」
「ねえマジなの?こいつガチなの?」
「先輩、昌磨の本領発揮はここからだから」
「え、じゃあさ」
...口紅では無く、内出血。
そうか、打ち身の時の痣と考えると確かに合点が行く。それなら消えるのに時間がかかるのも無理はない。ならばもう一つ疑問がある、咀嚼していた手羽を飲み込む。
「どんな風にやるの?ちょっと付けてみてよ」
「「「ぶーッッッ!!!」」」
あ、吹き出した。
もういいよこのやり取り。読者の方だっていい加減マンネリだと思うんだけど。
「は?え!」
「ちょって待って、誰に!?」
「俺に」
「誰が!?」
「誰って、誰でもいいけど...言い出しっぺの武良先輩かなぁ」
「なんでだよ!なんで俺が昌磨にキスマーク付けなきゃならないわけ!?」
「あはは!実践ですよ先輩、昌磨のうなじにお願いします」
「だって与えられる内出血って、マジでどんな感じか分かんないからさ」
「死んでも嫌だ!」
「(爆死)」
「結弦大丈夫か?笑い過ぎだって」
「ダメだ...!腹痛い...!」
「真剣なのにー」
「自分で吸えよ、手の甲とか」
「えーセルフ?」
「当たり前だ!」
横でお腹を抱えながら笑い転げている金メダリストの姿はもう見慣れている。だってこれ愚問じゃなく神疑問でしょ。
「この際だからもっと聞いとけば?」
「いいの?」
「なんで振るんだよ刑事、お前炎上狙いだろ」
「いや武良先輩がいる時にと思って」
「俺かよ!」
「ねえ賢者モードって何?」
「ジャブが早いわ」
「ローションて薬局で売ってんの?」
「探せよ自分で」
「一希がうまく挿れれなかったらどうしようって言ってたんだけど、穴って直ぐに分かるもんなの?」
「お前いい加減にしろよ」
「米印から少し上って聞いたことあるんだけど」
「結弦!答えてくれ」
「まあマップ的にはあってるかな」
「言いながら生クリーム舐めるのやめてくれる?」
「絵になるわ〜」
「あーもう無理、もう誰でもいいからさっさと卒業してくれよ」
「いや俺だって最初くらいは良い思い出作りたいからね」
「身構えてると婚期逃すぞ」
「スケールデカすぎです」
「運命の出逢いとかさ、そんなの漫画やドラマの世界だからね」
「刑事くんだって今幸せなくせに」
「焦って欲しくないけどこれ以上拗らせると俺たちの体がもたないんだよな」
ヒーヒーと苦しそうな呼吸をしながらお三方が大勢を整えて各自ビールを煽る。それに吊られるように俺もスーパードライの封を切る。あ、これ二本目。
「昌磨って意外とロマンチストなの?」
「大恋愛求めてるとこあるよな」
「昌磨じゃなきゃ昌磨じゃなきゃ昌磨じゃなきゃ絶っっ対に嫌なんだ!っていう相手が現れるといいな」
「単純なことなんだ〜きっと〜比べるまで〜もな〜いよ〜」
「やめてよオールドファッション」
「昌磨の下町ロケットが発射する日がいつか来るよ」
「今期のドラマに例えるのやめてくれない?」
「今日から俺は!!」
「(爆死)」
「ほら!もっと呑め!」
「ワイン開けるぞー!」
HAPPY BIRTHDAY
(幸せな一年になりますように)
「遅くなって悪かったわー!駅からタクシー拾うのに時間かかってもうて」
「あ、お疲れっス」
「これ皆んなで食べよ!値引きなってたオードブル」
「さすが気前良いですね〜」
「あれ?主役二人は?」
「あ、それが...」
「ん?」
「ちょっと盛り上がり過ぎて...」
(...ぼんやりとする意識の中で、遠巻きに武良先輩と刑事くんの話し声が聞こえる。あれからどれくらい時間が経ったんだろう。
んー...、皆んなで何話してるんだろう、織田先輩が合流したっぽいけど、よく分かんないや...。
とにかく今は、......眠い。。。)
「何なん!?もーせっかく俺が着いたっていうのに主役は寝落ちかい!」
「ははは、まだ料理も酒もたくさんあるから」
「俺らだけで楽しみましょう」
「ソファで寝ると風邪引くで、毛布かなんか無いの?」
「あ、持ってくるわ」
「ホンマにもういくつになっても世話がやけるんやから〜!」
「完全親目線だよ」
ふわり。
途切れそうな意識の中で柔らかな毛布の感覚を感じる。
状況確認の為に重たい瞼に力を入れて必死に薄めを開けて見ると、大きなソファのL字部分、要は俺の顔の正面ににゆづくんの寝顔があって。
ああ、要するに俺たち二人が夢の世界に行っていたんだなと気付く。...まぁ、無論まだまだ帰って来れそうにないけど。
今年の誕生日も、なんだかんだで楽しかったな。来年はどうなるのかな、また反省会になるのか、それとも祝賀会になるのか、まだ分からないけど今はもう、
......眠いから、いいか。
(...あかん、ゆづと昌磨の寝顔が可愛すぎる!)
(...先輩にキスマーク頼めばよかったね)
(確かに)
(もう俺も祝ってやりたかったのにー)