嘘ばっかり

□恋熱
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さんじゅうはちどななぶ。そうつぶやいて結弦くんは大きな溜め息をついた。



「なんなの、これ」



そんなに睨まなくても。
切れ長の瞳から突き刺さる視線を避けるように立てた膝に顔をうずめる。
寒気となんとも言えない恐怖感(...オーバーだけど)のせいで小刻みに震える膝をぎゅうっと抱えた。 

なにこれ、別に被害者でもなんでもないのに。ただただ体調が悪いだけだ。


朝、起きたらとてもとてもつらくて吐き気がしたんだ。
耐えるように布団にくるまっていると遠くで携帯が震える音がして。
一度途切れてはまた、震えはじめる。何度か繰り返したところでたぶん相手は結弦くんだとわかった。

ずるずると身体を引きずるようにベッドから這い出て、テーブルの上の携帯を手に取った。

時計は午前10時を過ぎたところ。
もう一度震え始めたところで、必死の思いで通話ボタンを押す。

耳に響いた第一声は



「ねえ、約束忘れたの」



――昨日寝る前に電話でしたやり取りをふと思い出す。
会う約束をしたような気もするけど今はもうそれどころじゃない。



「ごめん、死ぬかも」



向こう側でおいとかちょっととか叫んでいたような気もするけどそれから記憶がない。
気付いたらあまり拝めそうにもない結弦くんのものすごく焦った顔が目の前にあった。

テーブルに突っ伏していたせいで赤くなっているだろうおでこをさすっていると強引にその手が跳ねのけられて、ひんやりとした大きな手が覆いかぶさる。


(あ、すごく気持ちいい)




「熱いって、ばか」



はああ、と長いため息をついて、結弦くんはへなへなとしゃがみ込んだ。

「死ぬとかやめてよ、マジで心臓に悪い」ともごもごと呟いた。

それから間髪入れずに「たかが風邪で大袈裟なんだよ」と目を吊り上げてはっきりと言った(あ、いつもの結弦くんに戻ってる)

ほら、と差し出された体温計を無言で脇の下に挟む。睨むような彼の視線を受けながら約1分半じっとしていると終了を知らせる音がなった。
私が手をかける前に結弦くんの手にひったくられる体温計。


ああ、怒られるだろうなあと思いながら身を縮込ませる。

さんじゅうはちどななぶ、と言った声は何処と無く、いや、確実に、呆れていたような気がする。

少しだけほっとしたのも束の間、「なんなの、これ」といった声はやけに低く、反射的に身震いがした。

つり上がった目がじっと私をとらえている。
怖い怖い。膝に顔を埋めていると、そのうち足音が遠ざかっていく。



「布団入ってなよ、わかった?」



顔を上げると結弦くんはドアの間でまだこっちを睨んでいた。
そして私の返事を待たずに出て行った。どうせ言うとおりにしたところで褒めたりしてくれるわけでもないだろうけど、今はとにかく身体が辛いのでまた布団にくるまった。

結弦くんが見かけによらず強気で俺様な性格なのは百も承知で、それでも好きで付き合ってるんだけど。
いまだに少しびくびくして怖くなるってどうなんだろう。

付き合う前と変わってないなあと思うと、こんな状況でも少し笑うことが出来た。

俺様だけども威張ってるようには見えなくて、いつの間にか自然と周りに人が集まってくる、醸し出すオーラはやはり別格だから。そんなところも含めて人柄は結弦くんのいいところだと思う。

私も惹かれてしまったんだもんなあ。



遠くで足音がしたのが、頭まですっぽり布団を被っていても分かった。

顔だけ布団から出しているとドアが開き結弦くんが入ってきて、「はは、なにそれ」といって私を笑った。「カオナシみたい」といって結弦くんは暫くドアの前で笑い続けていた。

失礼しちゃうよ、まったく。

笑いがおさまった結弦くんはこっちに近づいてきた。
私は布団を履いでベッドに座りなおす。



「急に熱とか出すのやめてよ、心配するじゃん」



そう言いながら結弦くんはべりべりと封を破って、私のおでこに冷却シートを張り付けた。
急に現れた冷たさのせいでぎゅっと瞑った目を開けば、吃驚するぐらい優しい顔をした結弦くんが、笑っていた。

嬉しくて頬がゆるむのを感じていると、「何ニヤニヤしてんの」といってシートの上からデコピンをかましてきた。
あんまり痛くないけど、やっぱりムカつく。誰のせいでニヤニヤしたと思ってるの。
でも髪の間から見える耳が赤くて可愛いから、これもまた、許す。



「あーあ、俺の貴重な休みが看病で終わってくよ」



憎まれ口を叩くその顔が、声が、心なしか嬉しそうなのはどうしてだろう。結弦くんが買ってきたヨーグルトと果物を適当に食べて、苦い薬を飲まされた。

そして「ほら、布団入って」と言い結弦くんが布団に手をかけて、私が横になると首まで布団を持ち上げてくれた。


「ずっといてやるから、心配しないで大人しく寝なさい」


心配なくせに、素直じゃないね、と私が言い返すと、ばーか、と言う優しい表情が返ってきた。



(ああもう、)




また熱が上がりそうだよ。


…なんてね。


(気だるい身体に響く)
(あなたの優しい声)



*数年前の話を載せてみました。
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