嘘ばっかり

□初戦
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feel like


もうすぐ戦いの火蓋が切って落とされる

...なんて、短絡的な言葉を放ったら、
テレビ中継の決まり切ったナレーターの台詞みたいで。どうにもこうにも安っぽく感じるのは私だけだろうか?言うのも見るのも感じるのも想うのも自由。それは他でもない、私にも当てはまること。

私だってその一人、第三者なんだから。

日本国民、全世界、どれだけの人が何を感じながらその瞬間を見届けるのか。そんな莫大な規模のイマジネーションは私には無いし考える必要も無い。悩んだこともあったし飲み込まれることもあったけど、たぶんきっと今は違う。それでも慣れないこの言いようの無い感覚。


どこかの歌詞にあったフレーズが妙に頭の片隅から離れない。この恋は箒で。愛は塵取りで。役目とか立場とか、悩んで雁字搦めになってぶつけた時もあったっけ。今は違ってそうすることは無くなったけど、それでも「無」でいられる訳ではなくて。

「 綺麗にしても、またすぐに汚す」

汚すのは私なのか。それとも彼なのか。
出さなくていいのにね、結論なんて。


『...あ、もしもし、結弦?』
「なに?」
『ごめんね、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど』
「それって何の話し?」
『え、』
「仕事?プライベート?悩み?」
『えーと...そ、相談...かな』
「深刻なやつ?」
『いや...たぶん、そこまでじゃ...』
「じゃあ後にしてくれる?」
『え、でも...今じゃないと...』
「ごめん。今はちゃんと聞けないから」
『...え、あの、』
「こっちから連絡するから、それまで話しかけないで。ごめん」
『...あ、ゆづ...』


意を決して←大袈裟だ。かけた電話がこうやって終わりを告げられるのだって別によくあることだ。別にそんなことで傷付いたりはしない。
ちょっと歪んだ様な、そんなやり取りで 終わるコミュニケーション。一ヶ月ぶりの会話だろうが、三ヶ月ぶりの会話だろうが、そんな日数はなんの意味もなさない。ある一定のゾーンに入った時の彼には私ですら容易に近づけ無いのだ。

立ち入り禁止区域に無理に侵入しようだなんて思っていない。射殺されるのがオチだし、引き金を引く方だってしんどいことを知ってるから。


(...だけどね)


ずっとこのまま一緒に居れたらな
話したいことがあるのにな
あなたに聞いて欲しいのにな
気付いてくれればな


こう感じるのも願うのも、私の勝手だよね?


今どこにいる?
今何してる?
何時に帰る?
何が食べたい?


もっと素直なこんなやり取りでさ、ずっとこのまま一緒に居れたら、そう考えたら随分と楽な人生なんだろう。積み上げてきた小さな恋から、濁流に飲み込まれて流された儚い願いから。今のふたりに残された形がはっきりとわかる。だからやめられないし離れられないし逃げ出したいなんて思わない。望むことはいつだって寸分狂わず同じだから。
そんな時に数日前の友人との会話が脳裏をよぎったのは、必然なのかな。


「もうすぐだねー、今季初戦」
『...だねー』
「どうなの?羽生くんの調子は」
『...うーん、わかんない』
「何も聞いてないの?」
『そうだね、』
「連絡、とってないの?」
『まぁ、安否確認程度かな』
「相変わらずだねー、あんた達...」
『...ははは、もう特段と驚くことでも無いでしょ?』
「それはそうだけと、大丈夫なの?」
『...え、』
「今季からは向こうのメンバーだって入れ替わり激しいのに、ましてや五輪二連覇でしょ。そういうの、ちゃんと言っておいた方がいいんじゃないの?」
『...ガード、固くしろとか、そういうこと?』
「そうだよ、引く手あまたなんだから」
『...えー。厳しいな』


やきもちとか嫉妬とか、そんな可愛らしいワード、全く無いと言えば嘘になるけど。私たちの関係性で重きを置いているのはそこではない。だってきっと、彼の頭の中は彼の世界が占拠しているから。
私ですら入れない、だったらきっと、他の人だって入れない。だからだ。

笑っちゃう。

それなのに、私がくだらないことを望んでしまうから難しくなるんだ。いつもいつも懲りもせず、求めてしまう。欲してしまう。それは何かって?


答えはもちろん。

私が欲しいものは全部君の中にあるよ

見つけて欲しいものが私の中にあるよ


話したいことなら、笑って欲しいことなら、馬鹿にしてくれるなら、頭を撫でてくれるなら、腕の中に閉じ込めてくれるなら、唇を重ねてくれるなら、甘い言葉を囁いてくれるなら、待つことなんて実に容易い。それはきっと私にだから出来ることだから。他の人になんてやらせない。できっこ無い。それくらい自身と確信を持ったっていいでしょう?

原点回帰と彼は言った。

私は、どうだろう。

あーあ。でも、気付いてくれればな、
これは本心なんだろうか。それとも心の何処かに潜む強がりなんだろうか。

恋は箒で、愛は塵取り。だから綺麗にしてもまたすぐに汚す。 それでいい。

気付いて欲しくてそこで終わりなんかないのに。だってさ、少し考えれば結論なんて直ぐに辿り着くのに。結弦は知ってるし気付いてるに決まってる。その上でこの行動を選んでいるということは、私に察してくれとお願いしてるんだから。

それなのに知らないふりをして。
好きを届ける口実に彼の世界を散らかしているのは他でもない私自身。ダメだなぁ、いくつになっても。

待つのは得意だけど、
信じるのはまだ下手なのかな。


「...あ、出た」
『...どうしたの?』
「ごめん、起こした?」
『...うん』
「そっちだと、ちょうど夜中だもんな」
『...そうだね』
「どうしても、どうしてもさ、聞いてほしいことがあって...」
『...うん』
「ごめん、俺さ...」
『...うん』
「...俺、」
『...大丈夫』
「......」
『...大丈夫だから、聞かせて?』
「うん。...あのさ」


苦しそうなか細い声で。
助けを求めて来るのなら。

ちょっと不衛生で理不尽なそんなやり取りで、ずっとこのまま一緒に居れたらいいな。塵も積もれば、愛になる。何度だって綺麗にするよ。

あなたの磨きあげたものは、
私が骨の髄まで味わってあげる。
だから大丈夫。
私たちだからこそわかりあえる。
そんな時間が確実に存在するから。


運命の日。ううん、違う。
世間やメディアではきっとそう言うだろうけど、言わざるを得ないスタンスなんだろうけど。運命の日なんかじゃないんだ。現実を知る日。ただそれだけ。

私と結弦の時間が流れる。それだけ。


だからどうか、祈らせて



9月のカナダ・オークビルまで。

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