Keyaki stories

□繋いでる僕の手を離すな
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また今日も一日が終わろうとしていた。
スタジオは、懸命になって流した汗の名残をもう感じさせぬかのようにもう空っぽで、
ただ8月の外の熱気が入り混じって、皆が居なければただ居心地が悪いだけだった。
帰り支度を整え、纏めていた髪をほどきながらスタジオを出る、とすぐそこのテーブルに人影が見えた。
あれ、まだ誰かいる?
そう思って目を細めようとすると、その影がはっとしたように私の方に向く。

「あれ、あかねん?」

透き通った声、欅坂をまとめるこの声...

「あれ、ゆっかー?まだいたの?」

「いやいや、あかねんこそ、なんで?」

驚いたのか、笑いながら言う。
菅井友香、欅坂をまとめるキャプテンである彼女は、まだ練習着のままそこに座っていた。
彼女の手元にはノートがあって、よくは見えないがびっしりとそのページは文字やらで埋め尽くされているようだ。何か作業でもしていたのだろうか。

「私はちょっと、個人練て言うか、なんて言うか...」

「そうなんだ、さすが、アツいね」

一日中の練習で疲れているはずなのに、そんなことを微塵も感じさせぬ顔で友香は笑う。

「ゆっかーこそ、何してたの?」

私はその手元にあるノートを覗き込むように歩み寄る。
すると彼女は見ちゃダメと言うかのようにノートを手で押さえ、

「ううんううん、なんでもないよ別に」

多少狼狽してみせた。
たったその小さい手で隠しただけで、何もないと言い張るつもりなのだろうかこの人は。
そういうことされると、私の負けず嫌いが意地悪にも目を覚ます。
柔道さながら手首をパッと取ると、友香の手の下にあった文字が露わになる。

 今日やったこと、ダンス練
 気づいたこと、フォーメーション練強化、カウント取りながら
 平手体調回復、鈴本足痛い、クーラーかけすぎ注意

「え、これって.......」

今日やったことから、注意点、良かった点、メンバーのことまでが事細かに書かれていた。
10分や15分そこらで書けるものではないことは一目瞭然で。
「キャプテン」その責任感が、文字として表されていた。

「別に、大したものじゃなくて、私の趣味っていうか、なんていうか...」

副キャプテン、自分は副キャプテンなのに、
欅の核として働けているかもわからないのに、私は友香の後ろを支えられていると、自然に思ってた。
自惚れていた、何もしてない自分に、愕然としたというか、腹が立った。

「ごめんゆっかー、あたし...」

「え?」

大切なキャプテンの隣に立てるようにならなくちゃ。
副キャプテンとして、友香のその責任を背負える一人の存在として。

「何もしてなかった、ごめん。ゆっかーのこと、勝手に支えられてると思ってた」

私が突然真剣になったから、彼女は目を丸くして私を見上げていて。
私は友香の手からシャーペンをとり、そのノートの一番下に書き込んだ。

「明日からこのノートは守屋と一緒に書く、守屋もっと頼ってOK」

決意の現れか、私の力がただ単に強すぎたのか、その字は他のものよりも濃かった。

「あかねんあの」

「何も言わない、言わせない。キャプテンと副キャプテンは、欅を支える。副キャプテンは、キャプテンを支える、一緒に背負う...背負わせてほしい。」

私が今まっすぐに見つめる友香の瞳は、輝いていて、純粋で、優しくて。
一人で誰よりも頑張るその姿が好きだけど、無理は絶対にして欲しくなくて。

「あかねん............ふふっ」

何故だか、小さく笑われる。

「え、なんで?!なんで笑ってるの?!」

クスクスと肩を揺らして笑い続ける。笑われるなんて想像していなかった私の反応を見て、また笑う。

「やっぱり、やっぱりアツいね、あかねん」

なにかと思えば。

「え、何よもう!そんなこと?!」

思わず眉毛もハの字になる。

「あはははっ でも、嬉しいよあかねん、ありがとう」

友香はまた笑って私を見た。やっぱりその笑顔、何もかも浄化させる。
私のさっきの自分に対するイライラなんて、もうどっかいってしまった。

「私、ゆっかーの笑った顔、好きだから。ゆっかーがもっと笑ってくれるように」

素直な言葉がつい口をついで出る。
本心だ、友香の存在は本当に大きい。
欅にとっても、そして、私にとっても。

「なにそれ恥ずかしい、告白?」

いたずらに笑ってみせる友香。
狙ってもいないその表情が、時々私の心臓を跳ねさせる。

告白って....んー、そんなもんだけど。

よしそれじゃあ終わり、と友香は書いていたノートを閉じ、それを鞄に入れて立とうとした途端。

「.......っ痛!」

友香がしゃがみ込んで足首を抑える。

「え どうした?」

しゃがみ込んだそこを覗き込むと、近づかなくても足首が腫れているのが分かった。
捻挫だろうか、レッスンの時に痛がってた素振りなんて見せてなかったのに....

「捻挫?レッスンの時に?」

「いや...大丈夫かなと思ったんだけど...ちょっと捻っただけだったから...」

馬鹿、馬鹿だよ、なんで無理するの?

「なんですぐ言わないの!無理しないでよ!」

また気づけなかったのか、私。

フォーメーションでは友香と隣になることが多い。
レッスンの時だって割と近くにいたはずなのに。
そうやってまた無理をする、そうやって大丈夫なふりをする、
メンバーに迷惑をかけないようにって、変な気遣いをする。

「時間経ったからかな...でも大丈夫だよこれくらい」

そう言って歩きだそうとするも、うまく歩けるはずもない。
案の定見苦しいほど足を引きずって歩いている。

「どこが大丈夫なのよ...」

もう無理させないって、決めたんだから。
私は早足で無理をして歩く友香に近づき、目の前に入って友香の手を私の首に回させ、無理やり背負った。

「え?!なに?!ちょ、あかねん?!」

案の定友香は足や手やらをバタつかせてこの状況に抵抗しようとしている。

「こういう時は、歩いちゃダメなんだよ。帰る前に行くよ、医務室」

「え、ちょっと...」

体重が重いとかなんだとか気にしてるのかもしれないけど、そんなの今の私には知ることか。

「ねえでも医務室に誰も人いな」

「私がいる」

捻挫時のテーピングの仕方くらい、知ってる。
私、一応テニス部だったからね?

医務室の白いドアを開けて電気をつけ、友香をベッドに座らせる。
何故か無言を貫く彼女。
今更捻挫を隠していたことを怒られ、多少気を毒しているのかもしれない。
棚から湿布とテーピングを取り出す。

「靴下、脱がすよ」

「うん...」

患部に湿布を貼りやすいように、少しだけ足先を内側へ向ける。

「大丈夫、痛くない?」

「えっと、少し...」

正直になり出した。可愛いかよ。

「素直でよろしい。ちょっと我慢して、すぐだから。湿布貼るからね」

「うん」

皺ができないように丁寧に湿布を貼る。白くて細い足首が紫色に腫れている、それを隠すように。

「冷たい、」

「腫れてるから、熱持ってるの。無理してたんだよ、ゆっかー」

しっかりと肌と湿布を密着させるように、両手で貼付部を包む。

「...ごめんね、あかねん」

前髪で隠れそうな眉毛を八の字型にして、悲しそうな顔で謝る。

「...ふふ、なんでよ」

その顔が可愛すぎて、思わず笑ってしまう。

「じゃあテーピング、するからね」

部活やってた時にも自分が捻挫して、誰かに治療してもらったことがあったっけ。
その時にちゃんと、今後自分でできるように、って痛いながらもしっかり見てて良かった、なんて思う。
記憶を辿りながら、正確に、丁寧にテーピングを巻いていく。少しでも楽になってもらえるように。

「はい、終わり。お疲れ様でした」

「すごいね、あかねん、流石だね」

うわぁ、とテーピングが巻かれた足首を見ている。

「じゃあ、立ってみて」

そう言って両手を差し出す。それを支えにして、友香はベッドから立ち上がる。

「さっきより、全然痛くない。本当に。すごい」

良かった、上手くいったみたい。

「良かった、本当に、明日からはしばらく無理しないで」

すると友香は私の目をまっすぐに見つめて、私の大好きな笑顔と一緒に

「あかねん、本当にありがとう」

普段はしないハグなんてしてみせるものだから。

ねえ、心臓、爆発するってば。
顔赤いの、気づかれたかな。

「じゃあ今度こそ、帰ろ、一緒に」

そう言って片付けを終えた私の手を引く。
なんなの、なんで大胆なの、やめてよ。
指先から値の鼓動がどうか伝わりませんようにと祈りながら、如何にも平静を保っているかのような顔で大人しく友香に手を引かれてみる。

「今日、家まで送っていくね、心配だから」

すると友香は振り向いて、白い歯を覗かせて、また笑った。

「だから、それ、告白?」

だから、これ、告白だってば。

「あかねん、彼氏みたい」

「だから、彼氏だってば」

そう言って、私たちは顔を見合わせて、今度は二人で笑った。

「私、あかねんの笑顔、大好き。安心するんだ」

....なにそれ、友情?それとも、愛情?

私は握られた手を、少し強く握り返して言った。

「なにそれ、告白?」


そう言うと、彼女はただ何も言わず、笑顔でまた、手を強く握り返した。







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