決意

□決意
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彼は息を切らして
大きな声で私を呼びながら全力で走ってきた
「音也くん!あんまり大きな声だすと周りに気づかれちゃうよ?」
私は少し小声で注意する

彼は今では人気トップアイドルグループの1人で私の恋人、一十木音也くん
彼とは学生時代からの付き合いで
もう、気づけば5年を過ぎた

今日は彼が久々のオフだから
デートしようと言われて待ち合わせをしていたが
約束の時間より少し遅れてきたのだ
明るく元気で笑顔が素敵な人だけど・・・
「もう少し、周りに気を付けないとだめでしょ!」
と怒ると
「ごめん!ごめん!つい春歌の顔見たら声出ててさ!」
と彼は自分の頬を指で照れながら擦る
その姿に私は弱くつい許してしまう
彼は私の手をとり、満面の笑みで
走り始めた

手を引かれ連れてこられたのは
遊園地だった
私たちは特別何かアトラクションに乗るわけでもなく
園内をフラフラして会話を楽しんでいた
気づくと陽が傾きあたりはライトアップされ
ひときは存在感を放つ観覧車が目にはいる
するとそれに気づいたのか
彼は「観覧車乗ろうか?」と問いかけてくる
私は頷き二人で観覧車に乗る
互いに向き合って座ると
月明かりでうっすらと見える互いの姿に
何か恥ずかしさを感じ、目が合うなり
すぐさま逸らしてしまう
頂上付近にくると彼は何かを決意するかのように私の名を呼んだ
私は唐突に呼ばれたことに驚きながら見る
彼は真っ直ぐ私の目を見て
「あっ!あのさ!・・・俺たちそろそろかなって思うんだ」
私は彼が何を言いたいのかわからずにいた
しかし、沈黙は続き
彼は何か言葉を探すかのように下を向く
今日一日彼はずっとそわそわしていて
思えばここ数週間ずっと何か違和感を感じていた
色んな事を思い返す中で私は1つの答えにたどり着いた
【別れ話?】
そう思った瞬間、自分の感情のコントロールが利かなくなり自然と涙があふれでる
彼の顔を見ることも出来ず下を向いたまま
「音也くん・・・何か音也くんを怒らせたのかな?だったら・・・だとしたら話して!
謝まるから!直すから!だから別れるなんて言わないで」

「えっ・・・えっ・・・ちょっと待って!・・・別れる?・・・何の話?・・・って何で泣いてるの?えっ?」
彼は何か動揺していた

私は涙が止まらず、息苦しくて言葉を発することが出来ないでいた
そんな私たちの現状を無視するかのように
動き続ける観覧車はゴールを向かえ
スタッフの方が笑顔で扉を開けてくる
私はひとまず、音也くんに支えられながら
観覧車から降り
近くのベンチに腰を掛ける
しばらくして、落ち着きを取り戻すと
音也君は心配そうに顔をのぞきこみ
「大丈夫?・・・」
と声をかけてくる
私はそれに対し大きく頷く
すると静かに音也君は問いかけてきた
「・・・別れるってどういうこと?」
彼は手に拳を作り何かを堪えるかのように聞いてくる
「今日、1日音也君そわそわしてたし
さっきも、何か思い詰めたようにしていたから・・・」
私はまた溢れでそうになる涙を堪えながら不安な気持ちを打ち明けた
彼は少し顔に影を落とし無言でその場に立ち上がると
痛みを感じるほどの強さで私の手を握り
人気の少ない路地裏をイメージして作られた建物の隙間へと連れ込まれた
手は離される事なく、むしろさらに力を込め私を勢いよく壁に押し当て
背中に鈍い痛みを感じた瞬間、鈍い音と同時に彼の手が壁についていた

私は少しの恐怖と混乱にその場に立ちすくす
彼は瞳に悲しさと怒りを宿し
「どうして?・・・どうして俺が別れるなんて言うと思うの?
・・・・俺、そんなに春歌をいつも不安にさせてるのかな?・・・そんなに・・・俺・・・俺・・・」
彼は下を向き大粒の涙をポタポタと地面に落とした
私は彼にかける言葉が見つからず
そっと彼の背中に手を回して自分に引き寄せた
彼の背中を擦りながら
「私・・・音也君が好きだよ。いつも真っ直ぐで、不器用な音也君が好きだよ!」
そう静かに言いながら
自分の勘違いだったとはいえ、彼に不安や悲しさを与えてしまったことに、後悔と切なさが襲う

彼はしばらくすると私から離れ
袖口で涙を拭いさり
子供が親にお菓子でもねだるかのように
「今晩、一緒にいてくれる?」
と問いかけてきた
私は一瞬にして頬に熱を宿し、目を反らして頷いた

彼に手を引かれ、互いに下を向いたまま
無言でホテルへと向かう
部屋に入ると広く全体的に白を基調とした清潔感ある空間にソファーにテレビと大きなベッドが置かれている。

部屋に入るなり、彼は私をベッドへと押し倒し
「ごめん・・・我慢出来ない!」
その一言だけ口にすると、唇を重ねてきた
乱暴に衣類は剥がされ、彼と重なる熱に溺れながら互いを求めあった

気がつけば朝になっていて
横では彼が穏やかに眠っていた
起こさないように静かにベッドから出てシャワーを浴びる
部屋に戻ると彼は
「おはよう!」
と声をかけてくる
私はその言葉に安堵し同じく
「おはよう!」
と返す

彼がシャワーを浴びている最中、私は床に脱ぎ捨てられた服を拾い畳んでいると
彼の上着から何か光るものが落ちた事に気づいた
それを拾うと綺麗に輝く石が散りばめられた可愛らしい指輪だった
内側には刻印がされていて、昨日の年月日になっている
それを見ていると、彼はシャワーを浴び終えて部屋に戻ってきた
「・・・音也君・・・これって・・・」
私は手のひらに指輪をのせて彼に差し出す
彼はなんとも気まずそうな顔をして指輪を受け取る
「本当はさ!昨日、観覧車の中で頂上に達するタイミングでこれを渡してプロポーズする予定だったんだ・・・でも、俺さ!トキヤみたいにクールに決めるとか、レン見たいにかっこいい事とか言えなくてさ
何て言おうか迷っちゃって・・・」
私は情けなく感じた
自分が勘違いなど起こさなければ
あのとき笑っていたのかもしれないと・・・
声をかけようとすると彼は話を続けた
「あのさ・・・今晩もう一度やり直させてくれる?・・・ちゃんと言いたいんだ!」
彼は真剣な顔で見つめてくる
私は彼の手を取り笑顔でかえす
「もちろん!」
仕事を終えて約束の時間
彼と待ち合わせてあの観覧車へ
頂上に近づくと
「春歌・・・なんか、今さらかっこつかないけど、結婚しよう!」
そう言って指輪を差し出してきた
私は満面の笑みで「はい!」と返す
彼は少し緊張した面持ちで私の左手を取り
薬指に指輪を填めた

填められた指輪を二人見つめ
顔をあげると自然と目が合う
互いに照れて慌てて目を反らした
しばらくして段々と不思議なくらい幸せな気持ちからお互いに吹き出し笑っていた

1週間後、音也君は結婚することを世間に公表しメディアは、現役人気アイドルが結婚!とこの事を大きく取り上げた
混乱と今後の仕事に差し支えが出ないようにと事務所側からの配慮で、私が作曲家であることを伏せ一般人との結婚ということで発表した為に
私達はしばらくこの報道が落ち着くまでは接触を避けるよう言われた
会えない日々は1日が長く感じて
それでも電話やメールを毎日くれたから
然程、寂しさは感じなかった

彼に会えなくなって
5日・・・
まだ、陽も上がらぬ夜中の3時を回った頃だった
スマートフォンの着信が鳴り響き私は目を覚ます
画面を見ると事務所の方からだった
内容は彼が撮影終了後、出待ちをしていたファンから刺され重症との知らせだった
私は思考が停止し気づいたときには
「い・・・いやぁ!」
と叫び嘘だ!嘘だ!嘘だ!と言い続け混乱していた

しばらくすると電話をくれた事務所の人と彼の仲間であり友人でもある一ノ瀬さんが
私を迎えに来た
自力で動くことすら出来ない程に取り乱した私を見て一ノ瀬さんは思いっきり私の頬を叩いた
「信じられない気持ちはわかります。でも、今は音也の無事を祈るときではないんですか!?」
私は一ノ瀬さんから言われ少し落ち着きを取り戻したものの
車に乗り病院に着くまで手の震えは止まらなかった

私達が病院に着くと無事に手術は終了していて彼は個室へと運ばれていた
医師の話では
傷が深く左腕に麻痺が残る可能性があると言われた
一般的な生活には然程の障害はないとは言え
アイドル生命は断たれてしまう
私はその場に膝をつき泣き崩れ
一ノ瀬さんは無言で歯を食い縛り横の壁を殴り付けた

陽が上る頃、私達は病室へと案内され
静かに中にはいる
部屋の中で彼はまだ麻酔によって眠っている
私を残して事務所の方と一ノ瀬さんは
仕事の為、彼の様子を見て病室をあとにした
残された私は彼の横に座り
久々に見る彼の顔をじっと見つめ
麻痺が残ると言われた手を握りしめて無事に目が覚めることを願い続けた

気がつくと私はその場で寝てしまっていた
はっとして上体を起こすと
彼が優しく微笑んでこちらを見ていた
私は目を覚ましたことに安堵し泣き崩れる
そんな私の頭を彼は優しく撫でてくれた
しばらくすると担当医師が様子を見にやってきて安定している事から
リハビリ含めて3ヶ月ほどで退院出来ると言っていた
彼が入院して2日・・・
警察が事情を聴きにやってくる中
外では連日メディアが騒ぎ続けていた
そんな中、犯人が捕まるのは思ったより早く
ファンの人が結婚報道を見て動揺したことからの犯行だったと聞かされた
事件に関する報道が落ち着くにつれて
彼の怪我も良くなり始めていた
しかし、彼はまだ後遺症が残ることを知らない。
皆もどう受け止めて、どう伝えれば良いのか悩んでいたのだ

事件から2ヶ月が経ち
いよいよリハビリが始まるタイミングで
事務所の社長が訪ねてきた
私は席をはずしロビーで話が終わるのを待っていた
しばらくすると、苦い表情で社長が私のところへとやってきた
私はすぐに席を立ち、頭を下げると
彼に後遺症が残ること・・・アイドルを、芸能界を引退するしかないことを話したと言う
誰も言えずにいたことを社長自ら話してくれたのだ
私はもう一度だけ感謝を込めて頭を下げ
急ぎ足で彼の病室へと向かった

部屋のドアを開けると
彼は窓の方を向き、遠くを見ていた
「お・・とやくん・・・・」
私はなんと言えばいいかわからないまま
声をかけていた
すると、彼は振り向くことなく
窓を見たまま
「俺・・・アイドル出来ないんだって・・・」
そう言いながら微かに彼の肩が揺れていた
すぐさま私は彼に近づく
すると
「来ないで!・・・今、情けない顔してるから・・・」
と拒絶され一瞬体が硬直する
しかし、ほっておけるわけもなく
彼に駆け寄り黙って彼の顔を胸に埋め
強く抱き締めた
彼は私の背中に動く片手を回し泣き続けていた

それから毎日のリハビリを続け
順調に回復していき、無事彼は退院した
退院するなり引退会見をし
記者からは怪我をしたことや犯人に対しての怒りはないのかなど
今の彼には辛すぎる質問を投げ掛けられたが
彼は取り乱すことなく
最後まで自分を刺したファンをも庇いながら笑顔で今まで応援してくれたファンへの感謝を伝えている姿は
間違いなく今、この瞬間も彼はアイドルであることを証明して見せた

彼は引退後、芸能事務所で仲間のサポートをする仕事につき
私達は無事結婚した
あの事件がなければ、きっと彼はアイドルを今でも続けていて
違う人生が待っていたのかもしれない
それでも、彼が過去を振り向かずに前だけを見ていくのなら
私は妻としてそれを支えていく
彼が立ち止まるときがくるのなら
そっと背中を押してあげる
そうやって二人一緒に生きていこう

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