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□遅くなったけど。
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ツリーの下でまって、待ち合わせ時間はとうに1時間を過ぎていた

忙しなく開いていたメッセージアプリの通知は0件のままで、悪戯に充電だけが減っていく

元々無理にでも私が誘わなければ会えないものだし、もう諦めよう、とスマホの電源を切って、この日のために買ったふわふわのファーに顔を埋めて冷えた鼻の頭を暖めようとする

つん、と鼻の奥にきた悲しみの痛みには気づかないままでいた

メイクとれちゃうし

せっかく外に来たんだしなにか美味しいものでも食べよう、と目にはいるカップルだらけの通りから逃げるように狭い路地の方へ行くとなんだか雰囲気のあるカフェへとたどり着いた

クリスマスだというのに装飾はなにもされておらず、そこだけ時の流れが一定のような感覚に陥るそんな不思議なカフェだった

からんころん

綺麗な鈴の音が鳴る

カウンターにいる白いストールを巻いて、革のパンツ、鎖骨が見えて少し色気のあるスタイルのいいお兄さんの他にお客さんは居ないようで、ご主人も厳めしい顔のまま、好きな席にどうぞ、と渋い声で私に言う

お兄さんから二つ席を空けてカウンターに座る

メニューを見ると、コーヒー、紅茶、カフェオレ、オレンジジュース、ちょっとした軽食

ここまでは普通のカフェのメニューだったのだが、最後のページにあった

にっこりめにゅー、と拙い文字でかかれたメニューが気になった

「あの、にっこりめにゅーって...」

もしかしてこれスマイルとかの話だったらどうしよう、と言った後に気づいたが、ご主人の頷きを見れたので別にそんなものではないと、思う、笑ってなかった

そういえば、と思って、電源を切ったままのスマホの電源をつけようとしたら、二つ隣の席のお兄さんが話しかけてきた

「君、もしかして一人?」

私以外に誰か見えると言うのだろうか、少し不思議に思いながらもはい、そうです、と答える

そうか、それは悪いことをしたな、と一人で呟いている彼にちょっとした好奇心を抱いた

「お兄さんもお一人ですか?」

「そうだね、約束も特になかったし、仕事もないし!」

それはなんというか、寂しい人だなあ、と思うと同時に、彼の顔はとても綺麗な顔立ちをしており、中性的なものも感じて、その辺を歩けば誰でも声をかけそうなものだが、と思う

「そうなんですね、実は私は約束してた人が来なくって...あはは」

まあ最初から期待はしてなかったんですけどね、とまたつんとした痛みが鼻に来るのをこらえて、黒くてふわふわの髪を思い出す

「...君が注文をした後でなんだけどね、スマホ、電源つけてごらん」

「へ?」

いいから、と促され、疑問を抱きながらも電源をつけると、待ち続けていた彼からのメッセージが届いていた

ついた、どこ、と10分前に連絡が来ていた

え、と思わず声がでた

顔をあげると、色素の薄い目と目が合う

「俺、きっくんって言うんだ、そいつに伝えといて、大事にしろー!って」

店長には言っといてやるよ、ああそれと、と彼は続けて

「俺がとっちゃうかもよ、ごめんなって」

何に謝られたのかは分からないが、ありがとうございます、と返事をして、からんころんと鈴の音を聴きながら、元の場所へと急いでいた

いつの間にか私はにっこりと笑顔だった




待たせておきながら、随分と大きい態度を取ってしまった、と後悔する

しかし先ほどきっくんから届いたメッセージを見て俺は焦らずには居られなかった

お前の彼女俺の隣に居るぞ

という文章

俺は大分焦った

俺から会いたいと言えば優しい彼女のことだ、無理してでも時間を作るだろう、だから彼女から連絡が来なければ1ヶ月2ヶ月会わないことなんてざらにあった

しかし会ったときには彼女は心から嬉しそうに久しぶり、あろまくん、とにっこりと笑うのだ
その笑顔を見たときめちゃくちゃに心が締め付けられて、そのまま彼女を抱き締めたい、寧ろ抱きたい、そこのホテルいかない?と何度思ったことか__一度も抱き締められたことはないし、むしろこの前あったばかりじゃん、などと傷つける言葉をはいてしまうのだが

さて、今に戻ろう、俺は先ほどまで動画を編集してた

いつの間にか時計の針はは待ち合わせの時間をとっくに通りすぎた所にあって、でもどうせ彼女のことだから待っているだろう、と高をくくっていた

終わった頃に、彼女に電話をかけようとしたが、繋がらない、メッセージを送っても既読がつかない

ここの時点で俺は焦るより怯えた

彼女はかわいい、普通にかわいいと思う
だから変な男につれられていく可能性はもちろんあると思っている、この場合はとても危なくて、俺だけの力じゃどうにもならない

もうひとつも最悪だ、俺に愛想をつかして他のやつと行った可能性、その方が可能性は高い

そんなときにきっくんのメッセージだ

恐怖と焦りを覚えないことがあるだろうか

きっくんはかっこいい、女性の扱いもうまい、それこそ俺よりも格段に

もしも彼女がきっくんに、と悶々と考え続けていると、開きっぱなしだったメッセージアプリの所に通知が1件入っていて、ごめんなさい待たせて!今いきます!と焦って打ったのだろう、所々に誤字の見られる文章もが送られていた

俺がそもそも遅れたのに、と申し訳ない気持ちで一杯になる、しかし、彼女はここに来て言うのだろう

にっこりとした笑顔をたたえて、久しぶり、あろまくん、と、俺を幸せにしてくれる笑顔でいってくれるのだろう

今日こそは彼女を抱き締めたい


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