・夢の先には…

□告白 夢主視点
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蓮巳さんと初めて会った日のことは、今でもはっきりと思い出せる。


第一印象は…なんて威圧的で、堅苦しく見識の狭い人なのだろうと思った。

他者が寄ることを嫌い、初めて見聞きするものに異様なほど嫌悪感を出しているとさえ感じてしまったほどだ。

でも後にそれは、仲間のための優しさ故に演じた姿だったと気づいた。

他所から来た私が仲間に害がないか、私が何か良からぬことをしないだろうかと疑心暗鬼になるのも、彼が仲間や学院を愛していたからなのだ。そうやって目を光らせ、平和を守ろうとする誠実さは、不器用だけれど次第に惹かれるものがあった。

実際、彼は優しかった。
小言は多く、いつも険しそうな顔をしつつも、何かあると見ていられないと言わんばかりに私の世話を焼いてくれた。きっと、私の知らないところでも色々と手筈を整えたり苦労をしていたのかもしれない。
そんな姿に、私も次第に彼のことを信頼するようになった。顔を見ない日には落ち着かなかったし、彼がいない時に何かあったらどうしようと不安にもなった。いつの間にか、側にいて欲しいとさえ思うようになった。


その日、蓮巳さんは突然やってきた。何事かと思い黙ったままでいると、蓮巳さんは私の前に立ちじっと見つめてきた。

「あの…。」

「好きだ。」

今…なんと言ったのだろうか。幻聴か、それとも思い過ごしかと必死に頭を巡らせるも、答えが出る前に蓮巳さんが再び口を開いた。

「俺はお前が好きだ。こんなことを言っても信じられないかもしれないが、これは決して嘘でも偽りでもない。俺がこの気持ちを一人心の奥に留めておけばよかったんだが、どうしても伝えたくなった。いや、伝えずにはいられなくなった。堪え性がないと言われればそこまでだが、ただ秘めているだけではどうしようもなく居心地が悪くてな。無論返事がなくても構わん。これは俺の一方的な行動だからな。ただ、俺の独り言であっても戯言ではないことは心に留めておいてほしい。どうしても伝えたかったんだ。藤崎のことが好きだと。アイドルが特定の人物に恋愛感情を抱くなどあってはならないことだろう。プロ失格かもしれん。だが、俺は人を…お前を愛する気持ちに嘘を付いたり蓋をして無かったことにはしたくない。」

嬉しかった。蓮巳さんが、私にそういう気持ちを向けてくれているなんて、思いもしなかった。ただ一方で、私にはどうしても気がかりなことがあった。

「私は…この世界の者ではありません。」

「そうかもな。なぁ藤崎…拠り所がなくて不安なら、俺と生きろ。」

いつからだろう。私はいつから、この人にこんなにも甘えるようになってしまったのだろう。
こんなことを言わせてしまうくらい、私は頼りないのだろうか。

蓮巳さんは顔色一つ変えず、先程よりも距離を詰めてきた。そして私の背中に腕を回し、優しく抱きしめた。

「貴様は危なっかしくて目が離せなくて、どこか浮世離れしていて…突拍子も無いことばかりかと思えば理詰めで…本当に、俺にとってはこの上なく愛おしいんだ。」

「貶されているようにしか聞こえませんわ。」

「あばたもえくぼと言うだろう。俺は…お前の全てが好きだからな。もはや全てが愛おしくみえると言っている。」

「お世話になるだけは、嫌なんです。」

「分かってる。だから…願え。俺と夢ノ咲学院のある世界で、自分の人生を生きたいと。」

「…どうして、そんなに。」

「だから…好きだと言っているだろう。俺は貴様が好きだ。」

言葉が、自分の耳や脳を通っているはずなのに…聞こえているのに、よくわからなかった。


夢……なのだろうか。


茫然と話を聞く私がよほどおかしかったのか、敬人さんは少し微笑みながらため息を一つ吐いた。

「お前への想いは、どれだけ話しても尽きることがないな。俺の話が長いのは貴様も知っているだろう。だから今回ばかりは多めに見てくれ。」

そう言うと、私の身体からそっと腕を解き距離をとった。そっぽを向いて、細い指でメガネのブリッジをあげる顔は、少し寂しそうだった。

綺麗な横顔だと思った。いつも眉間にシワを寄せて、あれこれ思案する顔とは違っていた。無論、舞台に立ち艶やかに舞う時のものとも違っていた。

今、私の目の前にいるのは蓮巳敬人そのままの姿なのだ。

「蓮巳さ…」

「いい。無理をするな。一方的に悪かったな。その…抱きしめたのも、悪かった。」

「そう思うのなら、悪かったとお思いなら、私の話も聞いてください。それともっと…私にもちゃんとわかるようにしてください。」

意を決して彼の腕を掴む。私よりもずっと逞しくしっかりした腕だった。自分から行動を起こしておいて変な話だが、自分でもよくわかるほど体温が急激に上昇するのを感じた。

恥ずかしくて、敬人さんの顔を見られずに下を向いてしまう。この後どうしようかと必死に考えを巡らせていると、彼が再びふっと優しく息を吐いた。

「珍しいな。随分積極的だが、呼び止めるくらいなのだから俺にとっていい話なのだろう。」

緊張で、喉の奥がカラカラになっている。うまく言える自信はなかったけれど、私も私の言葉で伝えたい。私はもう、思い出だけでは生きていけないことを知ってしまっている。

先程よりも、きゅっと掌に力を入れる。ジャケットがシワになったと文句を言われたら、アイロンを掛けよう。

これから先も、きっとずっと一緒にいるのだから。

「わ、私の気持ちを置いてけぼりになさらないで。私だって…私だって沢山言いたいことがあるんです。貴方はいつだって言葉数が多くて、心配性で、不器用で、でも一生懸命で…優しくて温かくていつも私のことを助けてくださる。私がどんな思いで貴方を見ていたか…貴方がいない日をどんなに不安に思っていたか…。それにあんなにたくさん一度に言われたらよくわかりません。好きだと言われても…もっと、ちゃんと私がわかるようにしてください。」

「…いいんだな。」

ずっと一緒にいると、こんなことまで分かるようになってしまうのだろうか。私は彼が近づいてきた瞬間、自然と目を閉じた。

ほんのり白檀の香りがした瞬間、触れられた唇は優しく、柔らかく、温かかった。


嬉しかった。


幸せだった。


ずっと、ずうっとこうしていたい。


彼の指先が、優しく私の頬を撫でる。

そしてそのまま引き寄せると、もっと深く唇が重なった。



どうかこれが、夢でありませんように。





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