・夢の先には…

□0 追憶〜結成 Night Stars〜
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0追憶 〜結成、 Night Stars〜




あの時、マスターが一枚のコインを手渡してくれなかったら、私の人生は全く違うものになってしまっていただろう。



「蒼生、お前また…」

夜半も近くなった頃、お風呂上がりに部屋へ戻ると兄様が私の部屋のソファに座り、ご本を読んでいた。しかし兄様は私が自室に入るなり眉間に皺を寄せ、綺麗な顔を歪ませる。それを少しでも阻むように、私はかぶりを振った。

「いいの、お願い。私は大丈夫だから。」

縋るように兄様を止めるが、兄様は大きく溜息をついた。

「ドライヤーを取ってくるよ。そこに座って。」

「怒らない…?」

「あぁ、大丈夫だよ。蒼生との約束は守る。」

手をひらひらと振ると、兄様は洗面所にドライヤーを取りに下階へ降りていかれた。
私に対して屋敷の人間が粗雑な行動を取るのは、はるか昔からだ。正しくはこの世の中…と言うべきだろうか。跡取りでない私はどこへ行って無意味な存在だった。屋敷の人間は跡取りである兄様の手前、流石に私の存在を無視することだけは出来ないようだったが、それでも扱いはぞんざいだった。
いつだったか、時々行きすぎた行動をする使用人を激しく叱責する兄様を見てしまったことがあった。それ以来私は兄様に使用人を過度に怒らないよう頼んで約束をしてもらっていたのだった。

学校も同じだ。仲良くなる人もいたが、大体は兄様と近づくため。そして私が使えないと分かるなり掌を返したように私に近づかなくなる。ごく稀に心から親しくなりそうな子もいたが、藤崎の家の大きさを知ると態度がよそよそしくなり、最後は疎遠になってしまっていた。

「お待たせ。…どうした。何かあったか?」

考えていたことが顔に出てしまっていたのだろうか。私は無理矢理元気を出すとにこりと笑う。

「なんでもないわ。」

「俺には…言えないか?」

「そんな…ただ、兄様と離れるのが寂しかったの。」

多分、ごまかせていない。私の考えなど、兄様にはお見通しだと思う。それでも私が一生懸命になるのが痛々しかったのか、兄様はそれ以上の追求をしてこなかった。

「そうか。ごめんな、蒼生。俺も蒼生とはできうる限り一緒にいたいから、同じ気持ちで嬉しいよ。」

やはり、私の考えなどお見通しなのだろう。本当に、兄様には叶わなかった。兄様は私をソファに座らせると、ドライヤーをかけてくれる。私が自分で出来ればよいのだが、お風呂に入り終わるといつも女中さんが待ち構えている。女中さんが髪を乾かしてくださるのだが、いつも半乾きで部屋に帰され、戻ろうにもそのまま洗面所から追い出され入れてくれなくなってしまうのだ。いつもは自然に乾くのを待っているけれど、兄様がいらっしゃる時は、その状況をみかねた兄様がこうして下階からドライヤーを取ってきては乾かしてくださるのだった。

「風は熱くないか?」

「ええ、気持ちよいです。」

「そうか。よかった。蒼生の髪は本当に綺麗だな。」

「それはこうして兄様がお優しくしてくださるからですわ。」

「そう言われるとやりがいがあるね。世界一綺麗になるよう心を込めて渇かすよ。」

「まぁ。それは嬉しいですわ。」

そうして兄様は私の髪を乾かすと、櫛でといて整えてくださった。私はこの二人だけの時間がこの上なく好きだった。兄様の優しさを独り占めしているようで後ろめたく思ったこともあったが、今ではすっかり日々のご褒美として受け入れてしまっていた。

兄様はドライヤーを片付けてくると再び私のお部屋に戻られた。

「蒼生。おいで。」

素直に近づくと、兄様は私を軽々と抱き上げ、ベッドに入れてくださった。もちろん兄様も一緒に横になる。兄様が海外での遠征やお忙しいときでない限り、私たちはこうして同じベッドで一緒に眠っていた。

「なぁ、明日は透と司に家庭教師をしてもらう日だったよな?」

「ええ…そうですが。」

「明日は、俺も付いていく。学園には俺が迎えの車を回すから、俺の連絡を待ってて欲しい。」

「まぁ…兄様のお車に乗せて頂けるんですか?嬉しいですわ。ですが…透様と司様にご用事ですか?」

「ああ…少しな。」

そう言って微笑みになったが、一瞬私の前では滅多に見せない、真剣なお顔をなさったのが気になった。

「さ、いい子だからもう休もう。明日の朝は一緒に朝ご飯を食べような。」

そう言うと兄様は小さな声でメロディを呟く。私の頭に手を添えると、繰り返しいい子いい子とあやすように撫でてくださる。その心地よさに、自然とまぶたが重くなる。

「おやすみ蒼生。よい夢を。」

額と頬に贈られたキスを最後に、私は幸せなぬくもりに包まれて眠りについた。

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