・夢の先には…

□27 優しさと牽制
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放課後、零さんと二人で部屋にいると、蓮巳さんと鬼龍さん、そして真緒が尋ねに来た。

3人して両手に袋を持っているので何事かと問いかけると、私が先日お願いしたクッションと抱き枕を作ったので届けにきたという。一人で運ぶには手間取りそうだったので、生徒会室で仕事をしていた蓮巳さんと真緒も手伝う事になりこうして3人で来てくれたそうだ。
しかしそれを聞いた零さんはガバッと振り向き私に抱きついてくる。

「蒼生…!やはり我輩はもういらぬのかのう…ぐすん。」

「朔間さん…!」

「蓮巳さん、お、落ち着いてください。」

私の首に手を回して、幼子がいやいやをするように抱きついてくる零さんを見て、目くじらを立てる蓮巳さんを私はなんとかなだめる。
一方で零さんをそっと首から剥がすと零さんは青ざめた顔でわなわなと震え始めた。

「愛し子の、反抗期じゃ…」

「反抗期では…その…恥ずかしいから、です。」

小声でそう告げると、零さんはさっきまでの態度から一変してにこぱーという効果音が付きそうな程笑う。この人は案外感情の起伏が激しいのかもしれない。

そんなことはお構いなしといった様子の鬼龍さんは、何事もなかったかのように話を進める。

「嬢ちゃんが気に入るかわかんねぇと思いながら作ってたら結構な量になっちまってな。」

優しい色合いの赤、青、緑、茶、白と色とりどりのふわふわしたクッションが次々と出てくる。抱き枕は青いチェック柄だ。

「青はよく眠れる色なんだそうだ。それでだな、ついでといっちゃなんだんが…」

鬼龍さんが箱から取り出したのは濃紺のワンピースだった。裾はくるぶしまであるだろうロング丈で、裾にはレースが施してある。袖やスカート部分は布地がたっぷりと使われ、まるで舞踏会のドレスのようだ。

「部屋着にと思ってな。ただサイズがだいたいの目測だから、もし不具合があったら言ってくれ。」

「素敵…もったいないくらい…。」

「無理して着なくてもいいからよ。ついでで作っちまったもんだし、着るもんがねぇ時にでも着てくれ。」

着ます!着たいです!今すぐにでも!と言って寝室に駆け込むと、行儀悪いと思いつつネクタイやジャケット、ウィッグもブーツも放り投げるように脱いでいく。着替えるのが楽しみでもどかしいなんて、生まれて初めてだ。

背中のチャックを上げるのに苦労していると、それに気づいた鬼龍さんが外から声を掛けてくれる。

「あ、あの…途中までは上がったんですけど…。」

「少し肩を持ち上げるようにして、上から引っ張ってみな。嬢ちゃんなら届くはずだ。」

言われたとおりにすると、すんなり閉まった。
待ちきれなくて、カーテンから飛び出すように出て行くと傍に立っていた鬼龍さんに正面からぶつかる。まるで胸に飛び込んだようになってしまったが、鬼龍さんはしっかり抱き留めてくれると、その場で細かいチェックを始めた。

「あの、とっても着心地が良いです。服を着てこんなに嬉しいなんて、初めてで…ぶつかってすみませんでした。」

「いや、俺は大丈夫だ。嬢ちゃんに怪我がなくてなによりだ。しかしやっぱり女の子の服もいいもんだな。よく似合ってる。サイズも問題なさそうだな。」

「こんなに素敵なお洋服を作ってくださってありがとうございます。お部屋で着るだけでは本当にもったいないです。」

三人に似合ってますか?と聞くと三者三様の答えが返ってきた。零さんは目を細めてにこにこと笑いながらうんうんとうなずくばかり。
真緒はおろおろもごもごと何を言っているのかよく分からない。聞き取ろうと真緒の目の前に座ると、真緒は小さい声で「かわいい」と言ってくれた。嬉しくて嬉しくて、「ありがとう」と告げると、真緒ははにかみながらもこちらを見てくれた。
蓮巳さんはというと、「いいんじゃないか」と照れながらも感想を述べてくれた。その感想にも、嬉しくてつい笑みをこぼしてしまう。

「まったく、度し難い。いつもそうやってにこにこと笑っていれば良いものの。貴様は性根が優しすぎていつも深淵を覗くような瞳をしている。懊悩ばかりではいつか身を滅ぼすからな。こういう時間があるのは幸いなことだ。むしろもっと増やせ。」

蓮巳さんはそう言い終わるやいなや顔を背けてしまった。

「嬢ちゃんや、せっかくじゃ。ちょっと我輩のわがままにつきあってはくれぬかのう。」

ちょいちょいと手招きされたかと思うと、零さんは手のひらを差し出す。なんだろうと思いつつも手を重ねると、くっと引っ張られる。零さんは手をしっかりと握り、そのままワルツのステップを踏み出した。

「慌てなくともよい。我輩に身を任せよ。」

そう言われて素直に従うと、不思議とステップが合ってくる。顔を上げると思った以上に近くて恥ずかしくなる。零さんはその様子を見て満足げに笑うと、抱えていた腰から手を離してくるりと勢いを付けて回される。

ふわりと、スカートの裾が広がる。本当に部屋着ではもったいないほどの出来映えだ。毎週宗さんのところでお人形みたいにお茶会ごっこをするときもこんな洋服を着せられているが、それとはまた違った優しさや柔らかさがある。なにより、肌なじみがいい。まるでずっと昔から着ていたようだ。再びくるりとまわって零さんの腕に戻ると、そのまま胸の中でぎゅっと抱きしめられる。

「かわいいのう、我輩の愛し子は。いつにも増して麗しい。綺麗じゃよ、蒼生。」

零さんのクロスに埋め込まれた色と同じ、赤い瞳がまっすぐ私を射貫く。決して鋭くはないが、いつものように優しいだけのものではない。その瞳の奥を見れば、吸い込まれるような感じを覚える。顔が、近づいてくる。目が、離せない。赤い瞳をのぞき込んだままでいると、突然強い力を肩に感じてはっとする。

「なんじゃ蓮巳くん。おぬしも踊りたくなったかえ?」

零さんと距離が出来たかと思うと、いつの間にか蓮巳さんは私を腕の中におさめる。まるで閉じ込めるかのように、しっかりと堅牢な腕に抱きしめられる。大きな掌は私の後頭部をしっかりと掴み、離すまいと胸元に押しつけている。

「朔間さん…あなたという人は。俺たちもこの部屋にいることを忘れないでくださいよ。」

「ほほぉ。嫉妬かえ?」

様子をうかがい知ろうとそっと目を向ける。そこには優しく笑うが、目が笑っていない零さんがいた。その姿はただ不機嫌だというよりもなにか計り知れない思いを抱いているようだ。蓮巳さんの力が強く、苦しくなってきた。少しでも逃れたいと思い身をよじろうとしたとき、鬼龍さんが蓮巳さんの腕をほどいて出してくれる。

「蓮巳の旦那、力が強すぎだ。どちらにしろ、嬢ちゃんが可愛そうだ。」

「す、すまない…しかし苦しいなら苦しいと言えばいいものを…。」

「それが言えたのなら、嬢ちゃんは今頃別人じゃの。」

なんとなく、間に漂う空気が怖くなり、真緒のいるところに飛んでいき座る。

「蓮巳くん。何事も力尽くで解決しようとすればゆがみが出る。それはかえってこの先を見失うことにもなろうぞ。よく考え楽しむ余裕がなければのう♪」

「度し難い。楽しいのは結構なことだが、人を陥れ捉えるやり口は性に合わない。」

もはや二人が何について話をしているか、私にはさっぱり分からなかった。


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