・夢の先には…

□25 素直に甘えてみよう
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責任は負わないとあれだけ言ったのに、結局瀬名先輩と嵐ちゃんからは非難囂々だった。ただし、内容や演出の根本的なところではなく主に私の人の変わりように対してだった。

「ちょっとぉ、なんなの一体。アンタさぁ、普段は猫被ってるわけ?」

「そうよォ。普段は真面目な紳士がこんな過激な演出するなんて、ギャップを狙うにしてもにも程があるわァ!もう、あんまりひやひやさせないでちょうだい!」

「蒼生って案外本質はエロかったりする?誘われてるとしか思えないよ、これ。」

この三人は、なかなかに迫力があるせいか、若干尻込みしてしまう。瀬名先輩はそれを見逃すものかとさらに追い打ちをかけてくる。

「こんな過激な曲、もう他の人に見せないでよね。Knightsは騎士道ユニットでお色気ユニットじゃないんだから。」

「わ、分かりました…。その、すみません。」

「はぁ?アンタ馬鹿じゃないの?謝れなんて言ってないでしょ。Knightsのメンバーとしてお色気かますんじゃないって言ってるの。」

「でも氷王子みたいな紳士が実はエロいって、なんかそそる。女の子はギャップに弱いから、蒼生はすぐファンが付きそうだよね〜。」

凛月はけだるげに開けた赤い目をにやにやと半月状にしている。昼間たっぷり寝たせいか、夕方の今は今まで見た中で一番意識がしっかりしているように見えた。

「あ、もし蒼生が欲求不満なら言ってね。」

「くまくん!」
「凛月ちゃん!」

三人がギャーギャーと騒ぐ横で、唯一月永先輩だけは音楽的な観点で褒めてくれた。しかし興奮しているせいか、その顔は上気して頬が真っ赤に染まっていた。

「こういう音楽もいいと思う!久々にジャンルの違う音楽を聞いたなぁ〜。はぁ〜妄想がっ!霊感がわき出してくる☆この曲は人の根底にある性欲をかき立ててくるみたいだなぁ!なにより蒼生の色気のあるハイトーンボイスにベースの音がよく合ってる!吐息なんかもちゃんと音楽の中に組み込まれてて最高だっ☆」

そう考えると司くんには、本当に可愛そうなことをしてしまった。刺激が強すぎたのか、感想を言うどころではなく未だに生まれたての子羊のようにふるふると赤い顔をして震えているだけだった。

「司君、ごめんな。大丈夫?」

「だ、大丈夫です…その、あの。」

「いや、いい。無理に言おうとしなくても大丈夫だから。ちゃんと見てくれてありがとう。」

よしよし。としばらく頭を撫でてあげると落ち着いたのか、ようやく顔を隠していた掌をどけてくれた。

「司も、お姉さまを…必ず惚れさせてみせます。」

まだほんのりと赤みの残った顔でぼそりとつぶやくが、それは誰にも聞こえないほど司の小さな小さな決意だった。





練習後、紅月と合流してシャワーを浴びる。この流れも慣れたものだ。着替えてドアを開けると、鬼龍さんにドライヤーを掛けてもらうため正面に座る。

「嬢ちゃん、今日は素直だな。」

「はっ…す、すみません。つい癖で…」

「癖になるくらい鬼龍と打ち解けたなら何よりだ。ところでKnightsはどうだった。練習を見に行ったのだろう。」

副会長は眉間に皺を寄せながら不機嫌そうな声で尋ねてくる。思わず身をすくめると、鬼龍さんが苦笑する。

「気にすんな。あれでも嬢ちゃんが心配なんだよ。」

ドライヤーを掛けながら、その音に紛れさすように小声で告げてくる。ほっとしながら蓮巳さんの方を伺うと、確かに少しそわそわとしていた。

「紅月とは、また違ったパフォーマンスで楽しかったです。ただ、私にあれは出来ません…。同じようにしなくても良いとは言われましたが、自分があそこにいることがどうも想像出来なくて。」

結局今回はKnightsへの加入を見送った。音も合うしKnightsのコンセプトはNight starsに似ている部分も多い。けれどもどうしても居心地が掴めなかった。多分入ったら入ったで楽しいのだろうけれど…まだ、もう少し感覚が分かるまでは正式加入をしないつもりだ。そう告げると蓮巳さんは「そうか」と呟いてそっぽを向いてしまった。でもその向いた方向にある鏡には、安堵の表情を浮かべる顔が映っていた。

零さんや、Knightsの人たちのように、蓮巳さんや鬼龍さんも心配してくれているのだ。私は、その心に対して素直に甘えてみたい。勇気を振り絞り、ドライヤーを掛けてくれている鬼龍さんを鏡越しに見上げる。

「あの鬼龍さんに…お願いしたいことがあって。その、欲しいものがあって、鬼龍さんに作ってもらえないかと思ってて…。」

ドキドキしながら告げると、鬼龍さんは思いの外、嬉しそうに破顔させている。

「おう、ようやくきたか。待ちくたびれたぜ。で、嬢ちゃんは何が欲しいんだ?」

「えっと、その、抱き枕とか、クッションをいくつか…」

恥ずかしさで顔に熱が集まるのが分かる。子供っぽいだろうかと思ったが、鬼龍さんは嫌な顔1つせずに大きさや柄に色といった細かい希望を聞いてきてくれた。

「俺には何かないのか。」

いつから聞いていたのか、いつの間にか蓮巳さんが隣に腰掛けた。

「えっと…そしたら、扇を一本いただけると嬉しいです。」

「わかった。後で見本を用意するから好きなものを選べ。」

そういうと満足そうにほほえみ、乾かしている髪をわしゃわしゃと撫でられる。

「あまり俺たちの存在意義を無駄にするなよ。貴様はそうやって、いつも素直でいれば良い。」

そう言った蓮巳さんの顔は、今まででいちばん優しい顔だった。



夜。今日は零さんがいない。クッキーを沢山焼いたので、明日渡そうと思う。

屋上で制服のジャケットを脱ぎ深呼吸すると、肺に夜の気配が溜まっていく。風がタイとベストの裾をハタハタと揺らしている音が心地良い。

そっと歌い出すと、歌声は風にさらわれていった。

一曲歌い終わりそうな頃、嵐ちゃんと司君は屋上に現れた。二人には先ほどの動揺はみられなかったので、ひとまず安心だ。

「さっきは、刺激の強いものを見せてしまってごめん。」

先ほどのパフォーマンスについて謝ると、二人は否定しつつも再び顔を赤くしていた。そんなにすごい曲なのか、はたまた零さんの指導が良かったのか。どちらにせよあの曲はなかなか困った代物になりそうだった。



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