・夢の先には…
□9 新しい出会い (後半蓮巳視点)
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夕方、真緒は約束通り荷物を届けてくれた。わざわざ人目をさけてこれだけの物を持ってくるのは大変だったろうなぁ。と申し訳なく思っていると、見透かしたように「気にすんな」とフォローされてしまった。
そして今日は珍しく何もないから、これで帰るという彼を引き留め、しばし話しにつきあってもらうことにした。
「そういえば、真緒は何部に入ってるの?」
「俺はバスケ。委員会は生徒会。ユニットはTrikcstarっていう2年生4人組で活動してるんだ。みんな同級生だから、明日紹介するよ。そういえば蒼生は部活とか諸々どうするんだ?」
「部活は入らなきゃなんだよな…困った。俺もうこれ以上人と関わりたくないのに。」
「頑張るって決めたんだろ。大丈夫だよ。」
「あ、あぁ…そうだよな。」
すると真緒は励ますように背中をぽんぽんと叩いてくる。恥ずかしくて顔に熱が集まるのが分かるころ、真緒もそれに気づいたのか慌てて手を離す。
「わ、悪い、その、つい…」
「い、いや、いい、大丈夫だ。俺を気遣ってくれたんだ。ありがとう。」
あぁ、そうだ。せっかくだからと思い、真緒に断ってカーテンで仕切られた寝室に行く。付けていた物を全て取り払い、セーラー服に着替える。ハイソックスに黒のローファーを履き、ウィッグを外す。髪を手早くハーフアップにすると、胸元に白いスカーフを結んだ。
カーテンからそっと顔を覗かせると、真緒は窓の外をぼーっと眺めていた。
「真緒」
「ん?え?!なっ…え?!」
カーテンからふわりと出ると、真緒は驚いた顔をしたあとすぐ顔を赤くしておろおろする。
「え、あ、え?!蒼生…だよな。」
「…。はい。藤崎蒼生です。衣更君。よろしくね。」
元いた場所に腰を下ろし、まっすぐ真緒を見る。耳まで真っ赤だったが、出会った時と同じようにしたくて、何となく手を差し出すと、おずおずと握手してくれた。
「驚きましたか?」
「いや、そりゃもうびっくりしたよ。あー、焦った。」
ふふふと笑うと、真緒も笑ってくれた。
「これが、もう一つの蒼生なんだな。」
「なんだか、騙しているみたいでしたので。でも結局は皆さんに正体を明かしていませんから、学院中を騙している状態に変わりませんけどね。」
そういうと、真緒はそんなことないと言って握手した手をぎゅっと握ってくれた。
「どんな蒼生でも、蒼生は蒼生だろ。嘘も本当もない。もちろん、俺に見せてくれて嬉しかったけどな。でも、あー、ほんと心臓止まるかと思った。今度びっくり箱で仕返ししようかな。」
「衣更君、ううん、真緒。ありがとう。う〜ん、しかしびっくり箱は困りましたね。」
そんな話しをしながら、このセーラー服を見たことないかと尋ねると、やはり知らないとの答えが返ってきた。この制服は元いた世界では知らない人がいないくらい有名な学校の物だと告げると、真緒は感心したようにまじまじと見つめてきた。そのとき丁度部屋の扉がノックされる。出ようと立ち上がりかけると、手で制された。
「その格好だと、相手によってはちょっとマズイだろうし、俺が出る。」
***
しばらくして扉が開くとそこにはなぜか衣更がいた。
「おい、藤崎はどうした。」
「中にいます。念のため俺が開けました。」
中に入ると、窓の方を見ながら座っている藤崎 がいた。が…。
「おい貴様、なんで今朝の格好に戻っている。」
思わず乱暴に声を掛けると、藤崎は顔だけこちらに向けて何事もないかのようにさらっと答える。
「衣更君にきちんと説明したかったので。それに百聞は一見に如かずかと。それにこの格好の方がそちらの殿方たちもご納得しやすいかと思ったのですが、駄目でしたでしょうか。」
そういってきちんと立ち上がり俺の方を振り返ってじっと見つめてくるのは、もはや反則だと思う。しかもだ、数時間前に不可抗力とは言え体に触れ、しっかり女だと自覚させられた光景が重なってフラッシュバックする。
認めたくはないが、藤崎は綺麗だ。芸能活動をしている俺から見てもひいき目無しに綺麗なのだ。女の格好をした今はまさに一つ一つの仕草が洗練され、魅力を倍増させているように思う。
「いいか、今後不用意にその格好をするな。ここは男ばかりなんだぞ。先ほどもそれについてはきっちり説明したはずだ。それともお前はまだ俺の話が聞き足りないというのか。」
なんとか気を取り直し平然と告げたつもりだったが、俺の後ろでは二人分のため息が聞こえ、衣更までもがやれやれといった感じで見ている。
「副会長、ちょっとそれ、説得力がありませんよ。」
「知らん!全く、度し難い。」
それはそうと、遊びに来たわけではない。今度こそと、咳払いをして気持ちを落ち着けると、改めて藤崎に向き直る。
「俺のユニット紅月のメンバーだ。諸々は全て説明してあるから安心しろ。口も堅く信用に足る。」
「初めまして。藤崎蒼生と申します。このたびはいらぬご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
そういって深々と頭をさげる。その仕草でさえ、一つ一つが優雅だ。恐らくこの学院中探してもこんなに綺麗にお辞儀が出来る人間は英智ぐらいだろう。俺でさえも、所作については敵わないかもしれない。長年英智の傍にいるが、振る舞い1つで人の育ちがこうも出るとは気づかなかった。
「三年の鬼龍紅郎だ。よろしくな、嬢ちゃん。俺で出来ることなら力になるから、困ったら遠慮なく頼ってくれ。」
「二年の神崎颯馬だ。藤崎殿の隣の『くらす』におる故、鬼龍殿同様、気軽に頼って欲しい。」
「温かいお言葉痛み入ります。どうぞよしなに。」
今度はスカートのプリーツを少しつまみ、膝を少し折って優雅にお辞儀をする。それは舞踏会で挨拶する姫君のようだ。全く、どんな学校にいたんだこいつは…。
「その挨拶は、貴様の学校では普通だったのか。」
「そうですね、殿方にきちんとご挨拶する場合はこの方が良いと思います。最も、私たちが殿方とお話しするのはパーティーがほとんどだからというのもございます。」
もっともらしいことを言ってのけるこいつに俺は「はぁ」とため息を吐く。こんなにも住む世界が違うというのに、男子として生活することを選択した彼女を肝が据わってると褒めるべきか、それとも先見の明が薄いと言うべきか。全く、度し難い事この上なかった。
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