・紅郎との日々

□共存共栄
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「別れたいのか…?」

いつものリビングに、二人並んでお茶を飲んでいる。それだけならいつも通りだが、今日は違った。

「…そんなことない。でも、このまま一緒にいるのは難しいかなって思ったの…。」

今日、辞令が出た。自分には関係ないと思っていたのだが、貼り出してあった紙を見た友人が血相を変えて教えに来てくれた。
なんと私は、来期からチーフとして企画グループのまとめ役をすることになったのだ。まだ全然一人前なんかじゃないのに。果たして大丈夫だろうか。

能力的な問題だけじゃない。チーフは研修や会議に出張、おまけにコンペではプレゼンまでこなさなくてはいけない。

夢にまで見た仕事。一生懸命勉強して、就活して、やっと掴んだ夢。だからこそ実を言うと今回の抜擢は飛び上がりたいほど嬉しかった。自分のやりたいこと、やってみたいことが出来る。
でもその一方で、紅郎のことが頭をよぎった。アイドルである彼とは、ただでさえ生活リズムが合わない。ドラマを取り始めると最低でも三ヶ月はすれ違いの日々だ。不規則な生活になりがちなのを、なんとか支えてあげられるのは私の仕事がそこまで忙しくないということもあった。

でも、これからは?恐らく私も不規則になるだろうし、今までみたいにはいかない。そう思った瞬間、胃の奥に岩が落ちてきたような気がした。

私は紅郎と話をしなければと思ったのだが、実際面と向かって話すと上手く言えない。別れたいわけじゃないのに、口から出る言葉はどうも後ろ向きなものばかりになってしまう。

「嬢ちゃん、本来ならいい話じゃねぇか。何だってそんなに悲観的なんだ。」

紅郎は眉間に寄せた皺をいっとう深くして顔をのぞき込んでくる。

「だって、多分沢山迷惑掛けちゃうだろうし、紅郎が大変なときに手伝えなくなるかもしれないんだよ?」

そう言い終わるやいなや、紅郎は深いため息と共に席を立った。

もしかして、もう終わりかもな。恋人じゃなくて仕事とるんだもんね。そんな彼女なんて可愛くないし、きっといらないだろう。もう考えれば考えるほど良くない方にしか頭は働かない。

「諦めんな。俺が支えてやるよ。だから心配すんな。」

背後から突然、ぎゅっと抱きしめられる。

「あのな、俺は蒼生がずっと夢に向かって頑張ってきたのを一番近くで見てんだ。今回の話は、その努力が実った証拠じゃねぇか。蒼生が不安なのは十分に分かったし、俺のことも考えてくれんのは嬉しいぜ。けどよ、迷惑掛けたり、会いたいときに会ってやれないのは俺だっておあいこだ。ただ、一緒に生きるってそういうことだと俺は思うぜ。辛いことも、苦しいことも、嬉しい事も、みんな全部諦めたら終いだろ。ここまできたら、一蓮托生といこうじゃねぇか。」

紅郎は正面に回って床に膝を付くと、私の両手を取った。

「俺に出来ることは少ねぇかもしれねぇけど、一緒にいてやることぐらいはできるからよ。それになかなか会えないなら、なおさら一緒に住むべきだと思うぜ。」

その方が相手の存在を近くに感じるだろ?。その声は、今までで一番温かいのある声だった。私はその晩、涙が止まらなかった。


題:共存共栄


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