・No one…
□2人の好み
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徹夜明けに近い状態だったため、真っ昼間から迫り来る眠気に抗ろうと冷蔵庫を漁る。流石にワインはまずいかと思って、仕方なく麦茶を飲む。今日は大和以外、みんな仕事やら学校で抜けている。静かな寮内が、余計に眠気を誘う。
「朔〜冷凍庫にアイスあるぞ〜」
「ん〜?アイス?」
「現場で差し入れってか、景品ってか、なんつーかまぁもらったんだ」
大和が歯切れの悪い言葉を並べるのは気になったが、ひとまずアイスも気になったので冷凍庫を開ける。
「へぇ。いいやつだ。どうしたのこんなすごいやつ」
「ん〜…まぁ、なんていうか、皆さんでどーぞって。社長と万理さんとマネージャーのはもう渡したから」
「……大和、なんかやられた?殴られたとか…もしくは週刊誌に嘘書かれて訴えたとか」
「……親父が差し入れてきたんだよ」
なるほど。それで歯切れが悪いのか。大和の家族については、前に大和本人から話しておきたいと言われて聞いたことがあった。挨拶しに行ったほうがいいかと問うたら、俺が会いたくないと苦い顔をしていたのを覚えている。
「バニラとチョコとイチゴか、王道だな」
「早い者勝ち。朔の分もあるから、食べていいよ」
よく見るとちゃんと8個ある。社長と万理とマネージャーの分を抜いて…奇数のアイスなんかあるわけがない。となるとこの数は意図的なものだ。
「……はぁ、千斗か」
「あたり。ったく、千さんおしゃべりにも程があるんだよなぁ。百さんと遊びに来いって親父に言われて遊びに行って、ベラベラ喋ってきたからって言われた次の日これだぜ?」
「やっぱり挨拶行く?」
「絶対嫌だ。そんなの結婚する時だけでいいよ」
「今はしない?」
「朔はしたい?」
大和はすぐそばまで歩いてくると、後ろから包み込むように抱きしめてきた。その重みと温かさに愛おしさが込み上げる。大和の腕に絡みつくように抱きしめ返す。
「今はまだいいかな。ここでの大和との関係が終わってしまうのは惜しい気がする。あぁ、でも苗字が変わるのはありがたいな。夕凪姓は天涯孤独だから」
「ん、分かった。結婚するときは二階堂姓な。んで、アイスはどれを選ぶ?」
「大和はチョコでしょ?」
「朔はバニラだろ?」
ふふ…っと2人で同じタイミングで笑う。お互いの好みがだいぶ分かってきたのは、素直に嬉しい。2人でソファーに座ってアイスを堪能することにした。ひと匙救って口に入れると、濃厚なのにさっぱりとした口溶けが広がる。バニラビーンズが惜しげもなく使われているからか、ミルクアイスになりがちなバニラアイスは、本物として存在感を発揮している。
「これ、タマやイチやリクにはあんまりかもな」
「甘くないんだ?」
「大人のチョコレートって感じだな。食べる?」
「うん、ちょうだい」
大和が差し出してくれた匙から食べさせてもらう。深みのあるコクが口いっぱいに広がるとともに、後味はだいぶビターだった。確かにこれはあの3人にはハードルというか、ギャップがすごいかもしれない。無論、意外にも甘いものも好む大和にとっても。
「取り替える?こっち甘いよ?」
「いや、大丈夫。これはこれでまぁうまいよ。でも朔のもちょうだい」
「うん、いいよ」
食べようとしていたバニラアイスを大和の口に持っていく。あーんと匙を差し出すと、素直に口を開けて食べてくれた。なんとなく綻んだ顔を見ると、やっぱりバニラの方が良かったんだなと思い、大和の手からチョコアイスを抜き取り食べる。
「ん、美味しい」
「朔、気遣わなくていいよ。ほら、お兄さんに返しなさい」
「やだ。だってバニラの方が大和の好みに合うでしょ?」
「いやまぁ…でもチョコもイケるって」
「ふふ、じゃあ半分こしよう。というわけで大和はしばらくバニラアイスを堪能してていいよ」
「ありがとう。朔、そういうところ本当優しいよな」
「いえいえ。これ、美味しいけど濃いから半分ずつミックスとかで入っててくれると、もっと美味しいかもね」
「確かにそうかもな。朔、ちょっとこっち向いて」
大和に言われるまま、素直に振り向くと、すぐそこまで大和の唇が迫ってきていた。重ねられた唇は、アイスのせいか少し冷たい。温めようと食んでいると、大和も同じように食んできた。大和の唇からほのかにバニラアイスの味がする。思わずぺろっと舐めとると、その隙間からするりと侵入してきてしまった。
「…っ、は、ふ……ん」
「ん……っちゅ、朔の言う通り、ミックスの方がいいかも」
「美味しかった?」
「うん。なんか…ちょうどよかったかも」
「奇遇だね。同意見だよ。混ざり合うとすごくよかった。甘さといい味といい、ちょうどいい」
もう、言葉はいらないかな…と思った。お互いひと匙口にするたび、口づけを交わす。この世で一番贅沢で甘美な食べ方だ。優しい時間に満たされて、その日の午後は大和とアイスでいっぱいになった。